第18話 やってやろうじゃない、甲板掃除 2

「どうでした?」




「誰もいなかった」


 船内をひと回りしてきたランドールが答える。




「当然ですわ」


 娘とはいえボールドウィン伯の人間。名誉にかけて不正な方法には手を染めない。




「だが、油断はならない。見張りに1人、付けさせてもらうぞ」




 猜疑心一杯の要求にマージェリーが「何を!」と吼えかかったが、セラフィーナが「いいから」と制する。


 ゴタゴタで時間を浪費するほうが勿体ない。




「良いわよ。インチキしていないところを、とくと見ていなさい」




「という訳だ、ハワード。オマエお嬢さんの後を付いていって見張ってろ」


 ランドールがハワードの背中を押し、監視役に付けさせる。


「そういう訳ですから、ズルがないか、しっかり見張らせてもらいます」


「別に良いわよ。とくと見ていらして」




「まずは甲板を箒かけして、デッキブラシで水掃除ですぜ」


 開始早々、ハワードが説明するかのように最初の手順を説明する。




 親切心からというより、手抜きを牽制してのものだろう。


 それが証拠に、


「俺が新米水夫だった時は、デッキブラシ掃除だけで半日近くかかったんだ」


 と、ほくそ笑みに近いような独り言。


 到底セラフィーナ一人ではできないと決め付けていた。




「そうね。あなたと同じ方法なら、わたしだったら半日どころか1日かかるでしょうね」


「やけに素直だな」


「だからこそ、みんなの知恵を借りたのよ」








 甲板掃除で大変なものは何か?




 帰りの馬車の中でマージェリーと徹底的にディスカッションをした。


 もちろん面積が最大の難敵だが、こればかりはどうしようもない。


 まず最初に問題として指摘したのがデッキブラシ洗浄で使う水の確保であった。




「水は何処から汲んでるの?」


 ランドールに尋ねたら「あるだろう? 船の下に無尽蔵の水瓶が」と豪快に笑い飛ばされた。




 つられて甲板から海まで見落とせば10メートル近くもの高さがある。




「この高さを、いったいどうやって汲み上げるのよ?」


「頭を使いな。そこに桶があるだろう」


 指差す先には、取っ手にロープが結わえられた水桶が転がっていた。


「つまり、ロープで桶を海まで落として、水を汲んでから甲板まで引っ張る。と?」


 返答がなかったから、肯定の意味だろう。


 大の男でも五回も繰り返せば腕が悲鳴をあげてしまう。女の細腕でなど、考えるだけでも絶望的になる。


「嫌なら諦めたら良いんだぜ」


 これで説明は終わったとばかりに、次の工程の話を始める。




「まずは、水汲みがネックよね」


 説明のとおりにやれば、間違いなくそれだけで体力が尽きてしまうだろう。


「ですが、これをなんとかすれば、勝機も見えてきます」 


 逆に考えれば、これを解消できれば大幅に疲労を緩和できる。


「あの男が申していましたでしょう「頭を使え」と。ならば、もっと効率の良い方法を考えればよいのです」


 屋敷に戻ったマージェリーは庭師たちに状況を説明し「何か妙案はないかしら?」と対策の検討を始めた。


 そこで知恵を絞って考えたついたのがポンプ汲み上げ作戦である。




 腕っ節で10メートルの高さをもロープで引っ張り上げる手桶と違って、ハンドルを上下に動かすだけの手漕ぎ式のポンプならば、さほど労力をかけずに水を汲み上げられる。


 汲み上げを2段にしたのは、そのほうが却って労力を使わないという庭師の意見に従ってだ。




「ムリをすれば1本でも汲み上げはできますが、高さがあるほど汲み上げるときに力が要るようになります。いちど大きな桶に溜めてからのほうが楽だと思います」




 為に簡易な足場が組まれ、その上に桶に落とす1本目のポンプが設置された。








 そして今、その成果を見せるとき。




「今からあなたたちの常識を打ち破って見せるわ。とくと見てなさい」


 ハンドルを持って上下に動かすと、片手で簡単に海水が汲み上げられ、数分で巨大な桶に並々と湛えられる。




「何っ、コレ。すっごく、楽」




 労力らしい労力もかけずに海水が溜まると、今度は甲板上に設置したポンプで桶の水を汲み上げる。




「そのまま、ご用意いたしましたデッキブラシで、甲板をお洗いになって下さいませ」




 岸からマージュリーが指示を飛ばす。


 水が豊富にあるから、最初の箒かけの工程を省略してしまえと言っているのだ。




 用意してくれたデッキブラシもブラシ部分が通常の倍ほどある。


 実際に使って掃除をしてみると、水量が十分にあるから非常に効率が良い。狭いところは小さいブラシ、広いところは特製の大きなブラシと使い分けることで効率も全く阻害されない。


 桶の水がなくなったら、また下のポンプを動かして水を溜める。水さえふんだんにあれば、デッキブラシの水洗いは、さして重労働ではないのだ。




 かくして、開始から2時間少々で甲板の水洗いが完了した。




「早っ!」 


 あまりの手際の速さにハワードが驚く。




「次は拭きあげです。ブラシに布を巻きつけてくださいませ」


「分かったわ!」


 マージュリーの指示に従い、未使用のデッキブラシに布を巻きつける。


「これで拭いて行けばいいのね」


「そうです。水洗いした順番に行っていけば、先にある程度は乾いていますから、拭き取り量は最小になります」


 なるほど。常に水で濡れていたポンプ周辺を除けば、先にブラシをかけた場所は、徐々にではあるが床が乾いてきている。


 陰になって乾きが遅い場所を拭き取れば、労力はそれほどかからない。




 そして、もうひとつ労力がかかるポイント。


「大分濡れてきたわね」


 いくら拭き取り場所が減ったとはいえ、それは相対的なもの。元が大きいだけに、布がびしょ濡れになるまでに、それほど時間はかからない。


 そして拭き取りで体力を奪うポイントは、濡れた布を絞る作業である。


 ならば、絞る作業をなくせば体力消費は大幅に減少できる。


 セラフィーナは濡れた布をブラシから外し、新たな布を巻きつける。


「どんどん替えてくださいませ。代わりの布ならいくらでもございます」


 拭き布を使い捨てにすることで、絞りや濯ぎ洗いを省略したのだ。


「きたねー!」


 想像の斜め上の行為にハワードが文句を言うがルールに違反はしていない。


「人数に制限はあったけど、道具と費用には制限はなかったはずよ」




 違う? と




 同じ方法で、カルバナ椰子から取ったワックスを甲板に塗りこんでいく。




 結局。




 陽も未だ高いうちに、約束通りにセラフィーナがたった1人で甲板掃除をやってのけたであった。

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