父と母(ただし私のことを姫と呼ぶ)
除草が終わったことを伝えようと、ミシェイルは水やりをしている父のもとへ向かう。
「おとーさーん、草取り終わったよー」
声をかけると、父ジュダスは顔をあげた。
日々の農作業で日に焼けているが、精悍な顔つきとよく鍛えられた体でこちらもとても農民には見えない。ミシェイルが考えたジョウロ片手に汗をぬぐい、にこりと笑いかけた。
「ああ、よく頑張りましたね、姫」
ミシェイルは無の顔になる。こちらはお父さんと呼んでいるにもかかわらず、ジュダスはまったく父役を放棄している。ミシェイルたちは農民であるのだから姫なんて存在しないのだ。
「お父さん、次は何したらいい?」
「そうですね、こちらはもうやることは終わりましたから、お母さんのお手伝いをしてみてはどうでしょう」
こちらは3歳なのでなんと呼ばれようと敬語を使われようと無視をして、お父さんお母さんで押し通す。てくてくと家に戻ると母のシェーナが台所に立っていた。ほっそりとした体に滑らかな栗色の髪で、台所に立っていることに違和感がありまくりだが、手慣れた様子で芋を蒸している。
「お母さん、お手伝いするよ」
「まあ、ありがとうございます、姫」
振り向いたシェーナは腰をさげて使用人のようなお礼の仕方をする。娘に対して頭を下げるなといいたいのをこらえ、にっこりと笑った。
「何をしたらいい?」
「それでは、お皿をとってきてくださいませ」
ミシェイルはジュダスが作ってくれた踏み台をよいしょよいしょと運び、農家にしては立派な食器棚から皿をとりだす。3歳の腕力を考慮し、皿を一枚だしてはシェーナのもとへ持っていくということを繰り返した。シェーナは大皿にふかし芋を盛り、麦飯と豆スープ、薫製肉数切れを皿にのせた。農民にしてはかなり贅沢な昼食だ。
ジュダスが畑から帰ってくると、みんなでご飯を食べ始める。
ミシェイルは湯気のたつふかし芋に、近くの牧場から野菜と交換してもらったバターをぬってかぶりつく。至福のひとときに尽きる。
「お芋がおいしいね」
「姫が丹精こめて作られた芋ですからね」
ジュダスが当然とでも言わんばかりに頷くと、シェーナも同調するように微笑んだ。
「姫が手ずから作られた野菜を食べることができるなんて、本当に嬉しいことですわ」
「お母さんの料理が上手なんだよ」
我々は普通の家族だ、と言い聞かせるようにミシェイルは家族の会話を続ける。
「姫、午後からはレストランハリューソのハラ料理長が訪ねてくるようですね」
「うん、今収穫できる野菜を見たいんだって」
「ハラ料理長は熱心でございますね、さすが姫のお野菜を使われているだけありますわ」
和やかな会話を楽しみながら、このおだやかな生活を絶対に手放すものかと思っていた。農家としての成功を着実に成しとげゆくゆくは大農園にと夢見るミシェイルは、このあとハラ料理長が一緒に連れてくる客によってあっけなくその道を閉ざされることになる。
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