ヒロインに転生した元悪役令嬢、現悪役令嬢の遣り口に古傷を抉られる
九鈴小都子
また前世の記憶を持って生まれてしまった
「はぁー、よいっしょ」
3歳の幼女の可愛らしい声に似つかわしくない掛け声をかけて、畑の草抜きをしていたミシェイルは立ち上がった。土で汚れた手で額の汗をぬぐい、とんとんと腰を叩く。三つ編みにしたストロベリーブロンドを背にはねて、自分の成果を見るべく畑を見回したミシェイラは満足げに頷いた。
前世は大変身分の高いお嬢様として過ごしていたミシェイルにとって、農民としての貧しい生活は耐え難いものである。しかしさらに前前世は田舎出身の日本人であったために草は撲滅すべきものとして延々と作業することができる。
なぜ2度も前世の記憶をもって生まれてきたのかわからないが、ミシェイルはものすごく単純に「これもいい経験」と思うことにして気にしないでいるようにしている。
ただし、今世では絶対に波瀾万丈な人生は歩まないと心に決めながら。
前世も今世も、ミシェイラはここコモン王国で生まれた。しかも、前世は前前世でミシェイルが好んでいた漫画の悪役令嬢モニカとしてだ。
思い出したのは5歳の頃。甘やかされて育っていたモニカがすでに悪女の片鱗をみせ始めていたときに、使用人たちの愚痴を耳にして覚醒した。思い出したときはモニカの行く末、婚約破棄、断罪、公爵家の没落などが強く意識にのぼり、とにかく自分が強くなって回避しなければともがき続けた。
品行方正で誰にでも分け隔てなく優しくし、王妃教育にも真面目に取り組み、勉学はトップクラス、武術もたしなんで、王家にはこちらから頼んで自分を監視する影をつけてもらった。
隙はできるだけなくし、周囲とは軋轢を生まないようにしていたつもりだが、結局断罪は行われてしまった。
冤罪の証拠は確保していたし、証人も味方もいたためにそのときは無事に難を逃れたわけだが、断罪回避のあとのほうがとんでもなく大変だった。王家の威信は土台が崩れかねないレベルで揺らぎ、断罪に関わった者たちはもちろん、意図せず多くの貴族がばたばたと潰れたり、係わりの薄い使用人や平民にまで影響を及ぼした。
自分が助かればなんとかなると思っていたモニカは、あとは大人たちに任せて、という気楽な立場にはなれず各所へ駆けずり回ることになった。特にヒロインと多少仲良くしていた貴族の子息子女の家々がこちらを慮って勝手に処断するのを回避するため、お茶会へ招待し、夜会で声かけをし、ときには家まで赴いてこちらは何も怒っていないことをアピールする。
そんなことを繰り返してはあっという間に結婚適齢期を過ぎ、元王太子の婚約者など引き取るところなどなく王妃教育を施されたモニカが外国へ嫁がせるなど以ての外であった。
結局次代の王太子妃となる令嬢の教育係を務め、その後孤児院の院長となって子供達に見守られながら息を引き取ったのだ。
悪い人生ではなかった。自分で子供を生む機会はなかったが、たくさんの子供達を育て教育を施し送り出した。たくさんの優しい声に惜しまれながら逝くことができた。
しかし、もう一回やれと言われると、正直しんどい。
今がしんどいわけではないのだ。農民は公爵令嬢時代に比べれば貧しいし、育てている野菜は天候に大きく左右される。それでも、あれこれと考えることは圧倒的に少ない。畑のこと、日々の稼ぎ、明日のこと。生きるために必要なことばかりなのだ。誰かの人生の責任を負うこともない。
畑は前前世の知識を活かして今のところうまくいっているし、たまたまこちらの野菜を食べたレストランの料理長と契約を交わしてそれなりに収入を得ている。
今世のミシェイラは、とにかく自分のために生きることを目標に日々充実した毎日を送っていた。
農民にしては整い過ぎている顔に目を反らしながら。
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