第12話飛び立て大空に

仰げば尊しってなもんで、幸成と倉敷は卒業式を終えた。

ふたりは段々と無人に近くなる校舎内をうろうろしていた。

卒業パーティーしよう、クラスからそれぞれ誘われていたがふたりは丁重にお断りしていた。

倉敷は制服ではなく私服だった。

全て奪われたのだ。

制服もジャージも上履きも教科書も鞄も言われるがまま差し出していた。

蜜に群がる蟻の群れに幸成は別段なんとも思わなかった。

狂王倉敷を御せるのは、もはや自分しかいないからだ。

倉敷が自発的に近寄るのが自分しかいないからだ。

愛されているのは自分だと知っているからだ。

愛され求められている者の余裕故、嫉妬のしの字も湧かなかった。


倉敷と言えば幸成。


そう言われるほど、ふたりは親密な仲と周知されていた。

妖しい関係と言われ無かったのは、倉敷に女の子可愛い可愛いと言わせ続けた防御線のおかげだろう。

そうしてふたりでうろついていても、誰も不思議には思われずすれ違う。

倉敷が呼び出されても焦りはなかった。

手紙を貰いまくっても怖くなかった。

幸成はとりとめもなく、校舎を履き潰した上履きでうろうろした。

倉敷は従順に実に楽しそうに追従し続ける。

別にこの後どこかに行こうとか、約束なんてしていない。


「…いつまで付いてくる気だよ」


階段を下りながら、幸成が通常営業よろしく素っ気なく問いかける。

付き合って愛し合ってるけど、素っ気ないは幸成の永久不滅な特徴だ。

行く大学も一緒だ。

言っても言わなくても、一緒にしてくるだろうと、幸成は分かっていた。


「いつまででも、だよ」


白いパーカーにチノパン、というラフな服装の倉敷が見慣れた校舎で答える。


「どこまで付いてくるんだよ」


制服ではないのに校舎に居る。

こういう姿をいつかまた見られる保証が欲しかった。

怖くはないけれど、怖くはある。


「どこまででもだよ」


きっと倉敷は変わらない。

永久に王子で狂王だろう。

社会は倉敷暁を変形させることはできないだろう。

それでも、欲しかった。

先はまだ長いのだから。


「世の中舐めてんのか?」


就職先すら合わせてくるだろう。

どうにかしてくるだろう。


「…ずっと君と居られるようにする、捧げるよ…全部」

「…墓まで?」

「あの世まで」


捧げる覚悟はできていた。

捧げて欲しかった。

口約束でも構わないから。

捧げると言ってくれた。

言って欲しかったことを、言ってくれた。

いつか別れは来るだろう。

けれど、約束してくれた。

まだ二十年も生きていないのに、中々に子供じみている。

分かっているが、今の自分が満腹とゲップしたからそれで良い。

幸成は様々な感情を押し殺すために「お手並み、拝見させてもらうかな」倉敷の頭を軽く小突いた。

倉敷は小突かれた箇所を抑え、笑う。

まだ見たことがなかった、溶けてしまってもいい、虜になっても当然の、幸福そのものを現すような笑顔だった。


「見ててねー全部変えるよー」

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