第10話夏の残滓冬の真空

一歩たりとも踏み出せないほど。

くそったれ、悪態を心中吐きまくるが幸成は本当にもう心がぽっきり折られていた。

改札を出るなり、冷たい風がびゅんびゅん吹きまくっていた。

よりにもよって雪交じりの強風だ。

これはどう考えても、学校は休みになるレベルだ。

へたすると電車も止まって帰れなくなる始末だ。

こんなことなら登校しなければ良かった。

どうしたものか、マフラーに顔を埋め答えを模索する。


「おはよう、今日は寒いね」


たいそう脳天気な挨拶に顔を上げると暖かい何かで顔が覆われた。

倉敷が両手で冷えた顔を包みこんでくれたのだ。


「…はよー…すっげぇあったけぇ…」

「良かったーお役に立てて光栄です」


冷たく冷えた顔が溶かされていく。

無駄足になった登校に腹を立てていたが、落ち着いていく。


「…お前、夏は冷たくて冬はあったかい…便利だな…」


まばらな人目も気にせず温もりに溺れ、幸成はこの夏のある出来事を思い出していた。


*


幸成の夏休みはすべて両親に捧げられていた。

つまり両親の帰省にすべて使われてしまうのだ。

とある田舎の山奥に父の生家はある。

両親はそこでひと夏過ごすことを幸せにしている。

仕事を引退したら絶対ふたりで住む、と豪語するほどだ。

故に幼い頃から、夏休みと言ったらその家で過ごすのが当然だった。

同じ歳の子もいない山で過ごす夏休み。

幼い頃は楽しかった。

大自然全部自分の秘密基地だ!と思い込んで遊び倒せた。

けれど中学高校と歳を重ねると、酷くつまらない苦痛まみれになっていった。

高三の夏休みも結局はくるはめになり、幸成は本当に飽きていた。

山故に涼しいが、それでも暑くて虫も多く縁側で溶けていた。

緑の葉の隙間を見つめ、倉敷を思い、泣きそうになり。

目をつぶった。

蝉の鳴き声だけで五月蠅くて嫌になってきた。

黙れと叫んでしまいたかった。

ふいに、冷たいものが額に触れた。

それはずっと冷たくて、気持ち良かった。

親父のいたずらか?


「…大丈夫?」


太陽より眩しい笑顔だった。


「なんで、ここに居んの…?」


冷静に考えればストーキングすぎて恐ろしいと震える場面だ。

確かにこのあたりで過ごすとは言った。

だから、探し歩いたのか顔は真っ赤だ。

なのに手は冷たいという高性能。

そして幸成は嬉しかった。

涙が零れた。

冷たくて気持ちが良かった。

とてもつまらないはずだった夏が、喜びに染まっていった。


*


つまりは良い思い出を反芻しただけの幸成は、まだまだ温もりを堪能中。


「はあ…便利だな…お前って…」

「君の為なら、なんでもするよ」

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