第6話完膚無きまでの敗北の味は甘露

幸成は嫌だった。

一緒に居ると羨望の眼差しを向けられるから。

一緒に居ると何か妙な方向に向かって惹かれていくから。

有り余るほど優良生物。

嫌になるほど狂っているひとに似た生き物。

冗談のようなあだ名。

良いところなんてありすぎる。

良いとこを見ないようにしていた。


ぐるぐると思考の渦に巻き込まれている所を、幸成は倉敷に発見され捕まってしまった。


「…次に進む為に答えて幸成くん…」


幸成は倉敷を見ない。


「でないともう限界で…」


どうしても見ない。

綺麗な上履きを凝視し続ける。


「キスしたいよっ」


倉敷は幸成の両肩を壁に押し付け口付けしようと迫った。

幸成はさらに俯き「…待て…」犬をしつける如く低く命令した。

倉敷はそれにくうんと鳴いて、すごすご引き下がった。

なんとも情けない足取りで階段を下りていく。

可哀想なくらいだ。

なにが可哀想か。

去って行く背中を目線で追い掛け「…お前の好きってのは俺の待てが聞けない程度なのか…」独り言、誰にともなく口にする。

倉敷が目の端で硬直するが、構うことなく幸成は続けた。


「その程度なら止めてくれ。俺の待てが聞けるなら……来い」


多分、上履きが脱げたのだろう。

そして脛を階段に打っただろう。

滑って転んで踏みとどまっててんやわんやで、でも勢いよくやってくる。

イケメンの無様な姿は見物だったろう。

けれど幸成は見なかった。

目の前に来るまで、見なかった。


たった数メートルの移動に倉敷は全体力を使い果たし息を切らしていた。

そして先ほどのように触れて良いのか、良しが出るのか、待っていた。

珍しく忠実に、美犬のように。幸成の喉の奥でくっと笑いが漏れた。


「あーあ…俺、終わった、か」

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