第2話彼の人のふたつ名を知れ

幸成の隣のクラスの倉敷暁くらしききょうは、その見た目から王子と呼ばれていた。

なんの冗談かと倉敷暁を見たことがないひとは思う言う。

けれど実際見たら、ああ確かにと納得せざるおえない。

倉敷暁は、誰にでも優しくて愛想が良くて賢くて、超絶イケメン。

イケメンの内約はこうだ。

シンメトリーのとれたパーツ配置。

くっきり二重瞼にしゅっとした眉毛。

すっきりとした鼻筋に、切れ長かつ大きな瞳。

人々の理想を形にした唇から発せられるは、耳に残る低い声。

髪はさらりうっすら茶色。

背は高く身体つきはほどよくマッチョ細よりマッチョ。

おまけに趣味が乗馬でとんだ白馬感。


けれど、ああ、確かにこれは。


苦虫を口の中に放り込まれた方がまだまし。

幸成はそう口を真一文字に結びながら、ほとほと困り果てていた。


「こんなこともできるよぉ」


幸成は下校しようとした所を倉敷に追い掛けられた。

逆立ちで。

白昼夢かと思いきや現実で、周囲の目線が多いこと多いこと。

そして触らぬイケメンに祟り無しとばかりに、倉敷か、また倉敷か。

相手は誰?

あいつだれ。

羨ましい…。

ちょっと意味不明なざわつきが耳についた。

羨ましいなら代わってくれ。

幸成は心の底からそう思った。

でも誰も代わってくれそうにない距離感。

幸成は本気で全力で廊下を走って逃げたのだが、天はイケメンに二物を与える。

無情だ。


「はあ…はあ…なんで、クっソ速ぇんだよっ」

「すごいだろー」


逆立ちで校舎の端まで追い詰められてしまったのだ。


「疲れたー」


額の汗を袖で拭う姿は、さきほど逆立ちで同級生を追い掛け回していました、とは言いがたい爽やかさ。


「疲れんなら追ってくんなよ…」


幸成が素っ気なく悪態を廊下の隅に吐く。

倉敷はそんな言葉の吐瀉物を嬉しそうに掬い上げ「えへへーだって君と帰りたかったんだもの」照れ笑いのトッピングを加えた。

ひょんなことから倉敷に気に入られてしまった幸成はこうして毎日下校時お迎え、と言う名の逃走劇を繰り返していた。

別に逃げたくて逃げているのではない。

逃げたくなる気持ちにさせるのだ。

このイケメンが。


「明日は片足けんけんでお迎え行くから」


そうこう最中、倉敷は眩しい笑顔を浮かべ幸成の手を取り歩き出す。

その足取りは軽やかで鼻歌美しい。

歩幅は当然、倉敷より少し背の低い幸成に合わせてくる。

エスコートレベルとしてはかなり高い。

けれど幸成は喜べなかった。

 

同性だし。

いや、面構えは一級品だ。

でも、こいつは。


手を引かれながら幸成は思い返していた。

倉敷暁には二つ名がある。

ついこの間、倉敷と廊下ですれ違い様ハグ攻防戦を横で見ていた級友に言われた納得のあだ名だ。

ちなみに攻防戦の戦績はあまりよろしくない。


倉敷暁は、高身長のシルエットに切れ長の二重瞼麗しく、色素の薄い睫深く折り重なり、すっきりとした鼻筋、微笑みの似合う唇、物腰柔らかく甘く優しい容姿、それらから王子と呼ばれる。


その一方で、行動は戦慄するほど狂気じみていた。

常人には理解不可能な世界に住んでるのだ。

頭がよろしくないのではない。

正常なのに、異形な行動を選択するのだ。

故にひとは彼を隠れてこう呼んでいた、狂王(きようおう)と。

暁だから狂にかけてんのか。

と本人に聞こうとして止めた。

周囲が隠れて呼んでいるあだ名のことなど、そもそも王子呼ばわれなど、倉敷暁には関係ないのだ。

知っていたとしてもそれがなにかと言われるのがオチ。

幸成はお花畑に似合いそうな長い足を見つめながらぞんざいに呟いた。


「…まじねぇは…」

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