第22話 悪役令嬢は就職するようです

「そういえば、オーブントースターですが、学園の調理場にも設置しようという話が出ているんですよ」


「そうなのですか?」


「ええ。

 どうやら、オーブントースターで調理した料理を気に入った一部の貴族子女から、学園側に要望があったらしくて。

 ちょうど、明日の放課後に、使い方の説明をすることになっているんです」


 ロバートの話を聞いたアリシアは、目を輝かせた。


「是非、私も同伴させていただけないかしら?」


(そうよ!

 別に学生でなくとも、学園に入る手段は他にあるじゃない!)


 メリアに会えるかもしれないこの機会を逃す手はない。


「アリシアさんが?

 開発者であるアリシアさんが、直接出向いてくださるのであれば、これ程心強いことはないですが。

 しかし、アリシアさんはうちの従業員ではないですし……」


「でしたら、私をグストン商会で雇ってくださいませ。

 必ずお役にたちますわ!」


「アリシアさんをうちで雇う!?」


 唐突な申し出に、目を剥くロバート。


「私に商人の才能があるかはわかりませんが、魔道具の開発、研究であれば、お力になれるはずです」


「それはそうですけど……。

 ですが、よろしいのですか?

 従業員として雇うのであれば、アリシアさんを特別扱いするということはできません。

 他の従業員同様、商会の規則には従っていただきます。

 失礼ですが、貴族として生きてきたアリシアさんには、辛いこともあるかもしれません」


 真っ直ぐアリシアを見据えるロバート。

 貴族として育てられたアリシアを、貧弱者だとバカにしているわけではないだろう。

 ただ純粋に、アリシアのことを心配しての言葉だということは、その瞳を見れば明らかだった。

 その心遣いに、温かな気持ちになるが、だからといって引き下がるわけにはいかない。


「……私としても、今回平民になったということは、不測のことであり、完全に受け入れられたわけではありません。

 ですが、そんなことで立ち止まるほど、私は暇ではないのです。

 私には、叶えたい夢がありますから」


(メリアと結ばれるという、崇高なる夢が!)


「夢、ですか」


「ええ。

 それにロバートさんもご存じでしょう?

 私、そんなに繊細で柔な令嬢ではないですよ」


 微笑むアリシアに、ロバートは苦笑を漏らす。


「そうでしたね。

 アリシアさんは、とても強い方でした。

 少々お待ちください。

 父に話をつけてきますので」


「ええっ?

 今からですか!?

 お願いした私がいうのもなんですけど、グストン商会ほどの大商会が、そう簡単に新しい従業員を雇ってしまうことなんてできるのですか?」


 個人経営ならともかく、グストン商会は世界をまたにかける大商会だ。

 雇用されるのは、平民のなかでも選りすぐりのエリートたちのはずである。

 いくら商会長の息子であるロバートの推薦だとしても、そう簡単に雇ってもらえるとは思えないのだが。


「ははは。

 心配いりませんよ。

 商会長である父も、画期的な魔道具を開発するアリシアさんには一目置いていますから。

 まず、間違いなく一つ返事で了承をもらえると思いますよ。

 もし渋るようなら、なんとしてでも私が説得してみせますので」


「ありがとうございます」


 こうして、平民となったアリシアは、即日就職を果たしたのだった。


 ◇


 翌日。

 アリシアは学園へと向かった。

 学園はそろそろ放課後だろうか。


 ついこの間まで通っていたというのに、なぜだか懐かしく感じてしまう。


「メリアの顔を何日もみていないからかしら」


 メリアへの愛を認識して以降、毎日メリアへアプローチをしてきた。

 ときに避けられるようなこともあったが、その時間すらもメリアとの触れ合いだと思うと、愛おしい。


 今回の目的地は学園の調理場であり、予定通りにことが進めば、メリアと会うようなことはない。


 だが、せっかく学園へと入ることができたのだ。

 どうにかしてメリアとの接触を図らなければ。


 慣れ親しんだ構内を進んでいく。

 こうしていると、退学させられたことなど、夢であったのではないかと思ってしまう。


 だが、見下ろした自信の格好が、学園の制服ではないということが現実であると告げている。


 グストン商会から貸与された、従業員用の制服。

 黒を基調としたパンツスーツは、清潔感があり、大商家にふさわしい高級感を醸し出していた。

 長い絹のような金色の髪は、後ろで一つにまとめてあり、落ち着いた印象を周囲に与える。


(男装したときも思ったけれど、私って案外こういった格好が似合うのかしら)


 アリシアの素材がいいということもあるのだろうが、貴族として身につけてきた、洗練された所作の一つ一つが、みるものを圧倒する威厳を作り出していた。

 今のアリシアをみて、まさか、昨日雇われたばかりの新人だとは、誰も思わないだろう。


 既にオーブントースターは搬入してあるため、アリシアの仕事は、使い方のレクチャーをする事である。


 学園という、多くの貴族の子女が集まるこの場所で、オーブントースターを使用した料理が生徒たちの心をつかめば、それはすなわち、オーブントースターの売り上げへと直結するのは間違いない。

 貴族とは、気に入ったものならば、どんなものであれ手元に揃えたい生き物なのである。


 メリアとの幸せな今後のためにも、少しでも多くの利益をあげたいところだ。


「メリアのためにも頑張らなくては!」


 明るい未来へ向けて気合いを入れ直したアリシアは、しかしながら遠くから聞こえてきた言い争う声に足を止めた。


「どうかお考え直しください!」


「くどいぞ!」


 男女の声だ。

 それにしても聞き覚えのある気がする。


「この声は……、メリアの声!」


 アリシアのメリアに対してのみ鋭敏な聴覚は、瞬時にその声の主を突き止めた。


「メリアがあんなに大きな声を出すなんて。

 もしかして、なにかトラブルにでも巻き込まれたんじゃ!」


 アリシアは身を潜めながら、声のする通路の様子をうかがった。

 するとそこには、予想通りメリアの姿があった。

 そしてもう一人、メリアと言い争う者がいた。

 レイネスだ。


 普段メリアがレイネスに対して、声を張り上げるようなことはない。

 それはメリアの性格が温和というのもあるし、身分の差があるというのも要因の一つだろう。

 だが、そのメリアがこうしてレイネスに、詰め寄っている。

 その姿はいつものメリアより凛々しくて、すかさずアリシアはその姿を脳内メモリに焼き付けた。


「アリシア様は私のためにしてくださったのです。

 罰するならアリシア様ではなく、どうか私を」


「もう済んだことだ。

 あいつはいなくなった。

 メリア、頼むからもう私の前であの女の話をしないでくれ」


「でしたらどうか」


 二人の会話から察するに、アリシアが処罰されたことに対して、メリアが異議申し立てをしているといったところだろうか。

 メリアがアリシアのために行動を起こした。

 その事実だけで、アリシアは胸がいっぱいになった。


「メリアさん」


 突然かけられた声に、二人は目を見開いた。


「アリシア様!」


 嬉しそうに笑みを向けるメリアに微笑み返す。


「どうして貴様がここにいる!?」


 一方、メリアとは対称的に、仇でも見るような目で睨みつけてくるレイネス。


(処罰を受けたのは私なのに、どうしてそんな目で見てくるのかしら)


 アリシアは肩をすくめた。

 まあ、邪魔者であるアリシアが学園を去ったのに、メリアとの関係に発展が無くて、苛立ちが募っているといったところだろう。


「ごきげんよう、レイネス殿下。

 そう眉間にしわを寄せていては、令嬢たちに逃げられてしまいますよ」


「茶化すな!

 貴様はローデンブルク家を追放され、この学園も退学になったはずだ。

 それがどうしてここにいるのだ!?」


 アリシアの登場に動揺を隠しきれていないレイネスの姿に、思わず苦笑が漏れる。


「殿下のおっしゃる通り、今の私は侯爵令嬢でも、この学園の生徒でもない、ただの平民です」


「だったら、なぜ?」


「少し落ち着いてはいかがですか?

 そのお姿、メリアさんにも見られていますよ」


 アリシアの言葉にはっとしたレイネスは、困惑したようなメリアの表情を見た後、居心地が悪そうに視線を逸らした。


 レイネスがここまでアリシアを邪険にする理由。

 もちろん、メリアをめぐるやり取りが原因であることは間違いないが、それだけではない気がする。

 レイネスのスペックならば、メリアの前で醜態を晒さずにアリシアを排除することくらいできるはずだからだ。


「マジラプ」に酷似したこの世界。

 そして「マジラプ」において、敵対関係にある二人。


 その因果が、自覚することすらできない、感情の奥深くに影響を及ぼしているとしたら。

 レイネスに、アリシアに対する、意図しない悪感情を強制しているとしたら。

 そう考えると、レイネスはこの世界の被害者なのかもしれない。


 まあ、だからといってメリアと結ばれることを認めたりしないが。


「殿下、私の格好に見覚えはありませんか?」


 アリシアは手を広げて、自身の姿を見せる。


「その制服……、グストン商会のものか。

 そういえば貴様は、グストン商会の倅と付き合いがあるようだったな。

 ふん、コネを使って雇ってもらったか。

 確か今日、調理場に新しい調理器具の搬入があったな。

 オーブントースターだったか。

 最近、グストン商会が大々的に売り出している品だ。

 貴様はその関係で学園へ来たというわけか」


「ご明察です」


 王子とはいえ、一生徒でありながら学園のことを広く把握している情報力。

 そして、それらの情報を繋ぎ合わせて、結論へと至る考察力。

 この能力の高さこそ、本来のレイネスの姿だ。


 だというのに、アリシアが見かけるレイネスはどうにも直情的というか。

 こうしてスペックの高さを見せつけられても、どうにも残念王子感が拭えない。


「調理場へ向かっていたのですが、その道中でメリアさんの声が聞こえたものですから。

 メリアさん、ありがとう。

 私のために怒ってくれたのでしょう?」


「そんな、私は何にもできなくて……」


「私は、メリアさんが私のために、声を上げてくれたことが嬉しいの。

 でも、心配はいらないわ。

 私はこうして元気にしているし、お仕事も見つかったもの。

 むしろ、公爵令嬢だった頃より、自由なくらいよ。

 だからメリアさん、うちで一緒に暮らしましょう」


「アリシア様ったら、まったく……」


 いつもと変わらぬアリシアの姿に、苦笑を漏らすメリア。

 その表情は、アリシアの記憶にある、いつもの温かなものだった。


「殿下。

 私に処罰を下して安心していたのかもしれませんが」


「処罰は貴様の自業自得であろうが!」


 レイネスがなにか言っているが、聞こえない。


「私がその程度のことで諦めると思ったら、大間違いです。

 私の、メリアさんに対する愛の前では、全てが些事。

 愛らしいメリアさんを眺め、可愛らしいメリアさんを愛で、愛おしいメリアさんに愛を囁くためならば私は冥界からでも這い上がってきます!」


「アリシア様!

 声を抑えてください!

 恥ずかしいです!」


 顔を真っ赤にして、アリシアの袖を引っ張るメリアも可愛い。


「とにかく、私をメリアさんから引き離すことなど不可能だと、ご理解くださいませ」


 顔を怒りで染めたレイネスだったが、すっと表情を戻すと氷のような視線を刺してきた。


「後悔するぞ」


 それだけ言うと、レイネスは二人の前から立ち去った。

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