【第43話】ありがとう
王都アヴァロンを脱出した私たちは、、その足で真っ直ぐにベルクール領の都、サイロンへと向った。
もちろん、目的はベルクール公爵の城。
夜の闇に紛れてこっそりと侵入すると思っていたんだけど、リューンは真昼間、堂々と正門から入った。
「リューンっ!? だ、大丈夫なの?」
「大丈夫、僕たちの周りに時空結界を張ってるから、周りからは見る事も認識する事もできないよ」
まって、時空結界なんて聞いた事ないんだけど。
「僕の開発した時空魔法の一つだよ。簡単に言えば、この結界の内と外で時間の流れが微妙に違うんだ。
それから、結界表面の空間に数秒前の空間を映す事で、現在時間の結界、つまり僕とお姉ちゃんを包んでるこの結界は、ほぼ完全に視認不可能になる」
私が訪ねたら、リューンは丁寧に説明してくれたけど。
……うん、ぜんぜんわかんない……。
ただ、強力な闇魔法と転移魔法。それに、時間と空間を操る時空魔法。
それに、魔剣エミュレーンの身体能力の超強化。
これってもう最強じゃない?
リューンが本気になったら、国一つどころか世界が滅んじゃうよね。
リューン……どうして負けたんだろう。
伝説に残ってる歴代の勇者様でも勝てる気がしない。ましてやジーク程度じゃ、たとえ勇者になっても、リューンの小指だけで挽肉にされそう。
千年前の初代勇者様って、そんなに強かったのかな?
「どうしたの、お姉ちゃん?」
そんな事を考えてたら、リューンがじっと私を覗き込んだ。
「ううんっ、なんでもないのっ。ちょっと考え事をねっ」
「もう宝物庫だよ、ほらここ……」
そう言って、リューンは自室のドアを開けるくらい気楽な様子で、宝物庫の大きな扉を開け中に入った。
「これ……資産の半分なんて嘘だったね」
「ホント、だね……」
アヴァロンの屋敷より5倍は広い宝物庫には、アヴァロンで奪った財貨の倍どころか、10倍近い財宝が納められていた。
「いったい、何をやったらこんなに儲かるんだろうね?」
リューンは呆れたように肩を竦めた。
「これって、いくらベルクールが公爵家だっていっても異常よね……。もう王家よりも多いんじゃないかな……」
近年、ベルクール家はその財力を元に、ユウェンティール教会だけでなく、エルカード王家にも多大な影響を与えていた。
国王といえど、ベルクール公爵の意向には逆らえないほどに。
「突出した力は国や、ひいては世界の均衡を壊す事になる」
うん、そうだね。でも、リューンがそれ、言っちゃうんだ。
「お、お姉ちゃんっ」
あ、やば……また心の声が出ちゃった。
リューンはジトッとした目で見てる。
「そ、そうよねっ。バランスは、大事だよっっ」
「……ま、いいけどね……」
少し拗ねたように口を尖らせて、リューンは両手を振り上げた。
全ての財宝が一瞬で消えて、宝物庫の広過ぎる空間だけが取り残された。
「見ものだね。これからベルクール家がどうなるのか」
にこにこと笑ってるリューンは、ホントに楽しそう。
でも……。
「ホント、楽しみ♪」
私も楽しい。っていうかウキウキ? ワクワク?
あのセラフィーナがどんな顔するんだろ?
お金がなくなったら、ジークは?
なんかちょっと、ざまあみろって感じっ。
うん、私、かなり闇堕ちしてる。でもいいや。
優しい人たちに優しくできれば!
「さて、次は武器庫に行こうお姉ちゃん」
リューンは一切、容赦しません。やる時は徹底的にやります。
武器庫から剣、槍、盾、弓矢、その他諸々、騎士団と兵団を編成するのに集められた全ての武器を奪った。
それから、城の土台のあちこちに見えない亀裂や穴を開け、時間をかけてゆっくりと倒壊するように仕掛けをした。
「なるべく、人が巻き込まれないようにはしたけど、これで、二、三カ月後には、ここは瓦礫の山だよ」
リューン極悪っ。
でも、そんなリューンも好き!
「……って私……何か、黒くなってる……? 魔王化してるのかなぁ……」
「ん?」
「ああ、ううんっ、何でもないよっ」
ヤバいヤバい、また声に出しちゃった。リューンにはよく聞こえてなかったみたいだけど。聞こえてないよね?
「これで、ベルクールに残ったのは領地と屋敷だけ。瓦礫の山を見つめて、ゆっくり反省してもらおう」
「あ、でもでも、誰の仕業か分からないんだから、反省っていうより途方に暮れるんじゃない?」
「そっか、それもそうだね……じゃあ、『魔王参上』とでも書き残しとく?」
リューンは、いたずらが成功した時の子供みたいに笑った。
「それは、止めとこうね。今の魔王に悪いよ? 濡れ衣を着せるみたいで」
いくら世界の破壊者といっても、それじゃあ、私がされた事と変わりないものね。
元からその気はなかったんだろう、リューンは「うん、やらないよ」と頷いた。
「……ねえリューン。今の魔王には……会いに行くの?」
前々から尋ねたかった事だ。封印を解かれたリューンは、今のこの世界で何をするのか。
「行かないよ? 僕にはもう関係ないし、今の魔王が何をしようがどうでもいいしね。ただ……」
「ただ……?」
「お姉ちゃんに危害が及ぶなら、全力で叩き潰す」
リューンは決意を込めた光を瞳に宿し、力強く握った拳を掲げた。
「え……と……」
胸がきゅんきゅんする。
こんな時、なんて言えばいいのかな。
「うん……ありがとう」
その言葉しか、私には思いつかなかった。
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