【第41話】潜伏

 さんざん泣いたらちょっと落ち着いた。


 腫れぼったくなった瞼に、治癒魔法を掛ける。


 いくら堕ちた聖女見習いでも、それくらいの身だしなみは大事。


 身だしなみと言えば、私って貫頭衣を着せられてた筈なのに、ちゃんと服を着てる。うん下着も。


 ただね、ちょっとね、ブラがずれてるの。


 これって、そういう事だよね……。


「リューン……私のこの服……」


「み、見てないからねっ。ちゃんと、目を瞑ってたからっっ」


 そうか、目を瞑ってたのか。


「別に、私リューンに見られてもへーきだよ?」


 と言って、上着とブラウスを脱ぐ。


「ちょ、ちょっと、お姉ちゃん!?」


「ズレてるの。なんかね、気持ち悪くて」


 一旦ブラを外す。


 当然リューンは慌てて背中を向けるけど、いたずら心がムズムズと湧き出してくる。


「はい、こっち向くっ」


 リューンの両肩を掴んで、正面を向かせる。


「わっ、ちょっとまって!!」


 真っ赤な顔でぎゅっと目を閉じるリューン、かわいい。


「ちゃんと見て覚えてね。これはこうやって着けるんだよ?」


 それからブラを着け直して、ブラウスと上着を着る。


 傀儡ぐくつの件の、ちょっとした意趣返し。


 まあ、リューンはずっと目を閉じてたけどね。


「と、とりあえず、元気になったね、お姉ちゃん」


「ん、ありがと。リューンがぎゅって、しててくれたおかげだよ」


 揶揄ったのは、ちょっとごめんね。


「それじゃあ、そろそろ行こうか」


「そういえば、ここはどこ?」


 薄暗くて、リューンの灯す魔法光以外の明かりがない。


「ここはね……」


 リューンが右手を振り上げると、豆粒程度の魔法光が高く上がり、人の顔より大きくなって、今まで見えなかったところまで明るく照らした。


「これ……」


 私の部屋が五つは軽くはいるほどの広さ。そしてその部屋いっぱいに……。


「宝物庫だよ。ベルクール公爵邸のね」


「え……?」


 セラフィーナの、実家の宝物庫? なんでそんな所に?


「お姉ちゃんの部屋だと、あのシャトーラズまでは少し遠すぎたんだ。現身うつしみの魔法を維持するのにね。だから、そこそこ近くて方向的にも最良なここに潜ませてもらった」


 距離と方位が、関係あったんだ。


「あれ? でもでも、別にもっと近くて安全な場所もあったんじゃない?」


 わざわざ、敵のど真ん中じゃなくても……。


「そうだけど、ほら。これから王都を出て、国境に向かうんだから、路銀が必要でしょ?」


「路銀? あの、旅費の事かなぁ?」


 古い言い方だけど、リューンって千年前の人だもんね。


「旅費、そう旅費」


 えっと、ちょっとまって。まさかそれって……。


「旅費の足しに全部貰っていく」


 そう言ってリューンは両手を振り上げる。


 ほんの一瞬で、山のように積まれた金貨銀貨、財宝に美術品、全てが消えた。


 全部で幾らくらいあったんだろう。


「丁度、一年分の税を納めるのと、教会への寄付のため。それと、新しい事業に投資するのに、資産の半分がここにあったみたいだよ」


 リューンは清々しく笑ってるけど、それってバレたら大騒ぎになるよね?


「入口とこの部屋自体に、強力な結界を敷いておくから平気。開けた頃には僕たちはもう遠くに行ってるよ」


 リューンはポケットから地図を取りだして広げた。


「南の国境に向かうのが一番早いけど、どうする?」


「あ、あの。西に向かってっ」


 どうしても寄りたい所がある。


「西か……グランバース王国だね。このエルカード王国とほぼ同じくらいの国みただね。それに、途中ベルクール領を通るよっ、丁度いいね!」


「えっと、何が丁度いいのかな……?」


 リューンの笑顔が悪い。


「もちろん、残り半分の財貨も根こそぎ貰っていくんだよ? 当然の対価でしょ? お姉ちゃんを泣かせたんだから」


 いじめた子を殴り返す、みたいな感じかな? いいのかな……。


「じゃあ、目的地も決まったし、ここを出るよお姉ちゃん。しっかりつかまって」


 リューンは向きあって私の両手を握った。


「え? ちょっと、どうやって出るの?」


「こう、だよ」


 リューンが何か一言呟くと、みどりの光が足元から立ち昇り、私たちを包んだ。


 え? これって!?


 翠の光の壁の向こうに映った、薄暗い宝物庫が消えて、透明な光だけの世界が見えた。と思ったら、すぐに色を取り戻して、石の建物や森の樹々が映り、やがて翠の光が消える。


 立っていたのは、つい先日私たちが脱出してきた、グラシアレス遺跡の西側の外れ。


「西に向かうには都合が良かったね」


「リューンっ、これって、転移魔法!?」


 もうびっくり。まさかリューンが転移魔法まで使えたなんて。


「一度行った事のある場所にしか飛べないけどね」


 それでも、便利すぎるっ。


 あ、でも、それなら……。


「ねえリューン……一度部屋に戻れない、かなぁ……」


 リューンは首を振った。


 そうだね、今度こそ戻るのは危険だね。私、死んだ事になってるんだから。


 荷物はいいけど……本は持ってきたかったな……。


「お姉ちゃんの部屋の物は、全部僕の時空収納に入れてきたよ?」


「ふぇ?」


 えっと、今全部って言ったの?


「全部、だよ。埃以外はね」


「きゃあああ、ありがとう、リューン! もうだいっ好き!!」


 思わずぎゅっとリューンを抱きしめた。


「お、お姉……ちゃん……む、ぐ……お、落ち着いて……」


 うんうん、大丈夫、お姉ちゃん、落ち着いてるよ!


「いや……だから、とにかく、離……し……て……」


 あ。


 これって、前にやったやつ……。


 おそるおそる腕を放して見下ろしたら、リューンは私の胸に顔を埋めてぴくぴくしてた……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る