【第40話】ちょっと疲れちゃった

「ここ……どこ?」


 刑場にいたはずなのに、薄暗い部屋でリューンに抱かれて横たわっていた。


 でも、どういう事だろう。


 実感が湧かなかったとはいっても、私があの刑場で火をかけられたのは、本当の事の筈。


 本当の事だよね、それとも、夢?


「本当の事だよ、全部ね。お姉ちゃん『パーミット・エクレンシア』は磔のまま火あぶりにされて死んだ。間違いなく、ね」


「で、でも、私っ……」


 生きてるよね!? ちゃんと生きてるよね?


「もちろん、世間的にはって意味だよ」


 うん? ちょっと意味分かんない。死んでるけど生きてる? ん? 逆? 生きてるけど死んでるの?


 何か、目が回りそう。


「お姉ちゃん、かわいい」


「ちょっ、リューンっ。今はそういうの禁止っ。ちゃんと説明してっっ」


 私よっぽど変な顔してたんだ、恥ずかしいよぅ。


「そうだね、順を追って説明するね。まず昨夜、お姉ちゃんを眠らせた後、準備してた死体に傀儡ぐくつの魔法を掛けて、生きている時のように動けるようにした」


「し、死体!? もしかしてリューンって死霊魔法も使えるの?」


 リューンはこくんっと頷いた。


「これでも魔王だからね。で、現身うつしみの魔法を使ってその傀儡にお姉ちゃんの意識を移して、お姉ちゃんと同じ姿に変えた。それで傀儡はお姉ちゃんの意思に沿って、お姉ちゃんとまったく同じように動く。周りから見れば、本物と区別はつかないけど、ただちょっと違和感があったでしょ?」


 たしかに、聞こえてくる音が頭の中でわんわん響いてた。


 それに、食べ物もなかなか喉を通らなかったし、味も感じなかった。


 頭に靄がかかったみたいだったし、痛みにも鈍感になってた。


 え、でもまって……私、誰か知らない人の遺体に……入ってたの?


 知らない……人の……死体……。


「う……ぐっ、げえぇっ、げほっ……うぅ」


 そう思ったら急に気持ち悪くなって吐き気がして、我慢できずにもどしてしまった。


「お姉ちゃん!」


「うぇっ、ううっ……」


 お腹には何も入ってないのに、何度も何度もえずく。


 苦しくて涙も鼻水も垂れ流し。


「お姉ちゃんっ」


 リューンが蹲った私の背中をさすってくれる。


「あ、ありがと……リューン……」


 そのおかげか、しばらくしたら、少し落ち着いてきた。


 でも立ち上がる気力はなくて、そのまま床に腰を落とす。


 あ、ヤバい。私、きっとぐちゃぐちゃな顔してる。


 見られないように顔を背けたら、リューンは何も言わずにハンカチを渡してくれた。


「大丈夫?」


「大丈夫……だけど、言ってくれれば良かったのにっ」


「え?」


「何で言ってくれなかったの……ちょっと、いじわるじゃない? 私だけ何にも知らなかったなんてっ」


 助けてもらったのに、ホントは感謝の気持ちでいっぱいな筈なのに、思わず愚痴が出てしまう。


「ごめんね……でも、現身の魔法はかなりデリケートなんだ。被術者が死体の傀儡を認識してしまうと、意識をその傀儡に保てなくなる」


「そんなの……難しくて……わかんないよ」


 ああまたっ。何でそんな言い方しちゃうの私っ。


「う~ん……いつもは、自分の躰を、『これは自分の躰だ』とか思ってないでしょ?」


「……うん」


 たしかに、いちいちそんな事意識してないかも。


「傀儡に意識を移すとね、自分の本当の躰じゃないから、違和感を覚えるんだよ。ね」


「うん……いろいろ変な感じはした。でも、緊張とかで体調がおかしいのかな、くらいにしか思わなかった」


「そこが重要なんだ。お姉ちゃんは体調がおかしいとは思ったけど、自分の躰じゃない、とは思わなかったでしょ? それがもし、最初から現身の魔法だって分かってたら、どうかな」


「……たぶん、自分の躰と違ってやりづらい、とか思ってたかも」


 あ、そうか。そう思っちゃったら、意識が傀儡を離れちゃうんだ。


「……ごめんね……」


 リューンは私の正面で膝立ちになって、小さな声で言った。


「不安な思いをさせてごめんね……でも、どうしても、失敗するわけにはいかなかったんだ。ここで、お姉ちゃんが処刑されて、死んだ事にするために」


「……それが、誰も傷つけずに、逃げる方法だったのね……」


 リューンはゆっくりと頷いた。


 たしかに、これでもう手配される事もなければ、追われる事もない。


 でも……。


「私……死んだんだ……」


 生きてるけど、私は死んだ。


 パーミット・エクレンシアは……この世から、いなくなった。


 ……お父さん、お母さん、どう思うかな?


 大罪人の親……。


 そんな烙印を押されて、今まで通り、普通に生きていけるのかな?


 迷惑なんて、掛けたくなかったのに。


 結婚して、孫の顔を見せて、親孝行して、ちょっとでも楽をさせてあげたかったのに。


 ごめんね、お父さん、お母さん。


 私……もう……。


「うっ……んっ、ひぐっ……わ、わたしっ、いつかっ、いつかきっと……きっと……」


 涙が溢れて止まらない。上手く声が出せない。


「ああ。いつかきっと、この屈辱の代償を支払わせよう。それまでは、私がお前を支える。どんな時も、何があろうとも」


「うん……うん……うえぇぇぇぇん……」


 もうダメだ。堪える事ができなかった。


 私って、泣いてばっかり。


 子どもみたいに声をあげて、弱すぎて、情けないよ。


「大丈夫、お姉ちゃんは弱くない」


「だ、だって……ひっく…」


 泣きじゃくる私を、リューンは優しく抱きしめてくれた。


「お前は強い、パム。だた、少し心が疲れているだけだ。だから、泣いていいんだ。私以外、ここには誰もいない」


「あ、ありが、と……リュー、ン……」


 ありがとう、優しい魔王様。


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