【第39話】刑の執行

 不思議な夢だった。


 リューンに手を引かれて、まるでふわふわな雲の上を歩いている感じ。


 見上げると青い空に吸い込まれそう。


 歩いているんだけど、空中を浮かんでいるみたいにも思える。


 一面の白い雲と青い空。


 そのうちぐるんぐるんと雲と空が回り始める。


 ん? 回ってるのは、私?


 自分の体重も感じない。


 ゆらゆらと気持ちいい……。


 ん? あれ? 


 いや、まって、これは、ちょっと……。


 ダメだ、目が回ってきた。気持ち悪い、吐きそう……。


 ねえリューンどこまで歩くの?


 あれ? リューン、どこ行っちゃったの?


 さっきまで私の手を握ってくれていたリューンがいなくなっちゃった。


 でも、存在は感じる。


 また私の中にはいっちゃったの?


「エクレンシア様」


 女性兵さんの声がして、目を覚ました。


「あ、おはようございます。申し訳ありません、だらしない姿で」


「お気になさらずに。お食事をお持ちいたしました」


 女性兵さんが差し出してくれたのは、パンにハムと野菜を挟んだ簡単なサンドイッチと、ミルク。


「これは……貴方が?」


「はい、味に自信はありませんが、ここの物よりはましだと思います」


 女性兵さんはにっこりと笑った。


「……規則違反ではありませんか? 囚人に、こんな……」


「少しぐらいの差し入れなら、咎められる事はありません。ただ、お口に合いますかどうか……」


「いいえ、私、好き嫌いはありませんからっ」


 ありがたく頂きます!


 そういえば、昨日の朝食以来、何も口にしてなかったんだ。


「んっ……?」


「やはり、お口に合いませんかっ!?」


 女性兵さんは、申し訳なさそうに眉をひそめる。


「いえっ、そうではなくて。寝起きなので、少し喉に詰まりましたっ」


 急いでミルクを喉に流し込む。


 でも変。


 味がしない。


 いくら噛んでも、パンはぱすぱすのまま。


 まるで唾液が出なくなったみたい。


「……緊張……してるのかな……」


「え?」


「ううん、何でもないの。ありがとう、美味しいですよ」


 せっかく女性兵さんが持ってきてくれたんだから、残すわけにはいかない。


 無理やり口にいれて、咀嚼してミルクと一緒に飲み込む。


「エクレンシア様……では、申し訳ございませんが……」


 女性兵さんが俯いて牢の鍵を開けた。


 つまり、私はもうここに戻ってこられないって事だ。


 うん、別に地下牢に戻りたい訳じゃないけど。


「分かりました。かまいませんよ、規則通りにしてください」


 女性兵さんは、目にいっぱい涙を溜めて、私の腕を後ろに縛り、首輪にロープを付けた。


 目覚めてからずっと、女性兵さんに先導されて歩いている間も、なぜか頭がぼーっとして、意識に靄がかかったみたいに現実感がなかった。


 地下牢の階段を上がった所で、今度は昨日の衛僧兵に引き渡される。「申し訳ありません」と女性兵さんは謝ったけど、彼女のせいじゃない。


「大丈夫、貴方が気に病む必要はありません。ありがとうございました」


 人間扱いはここまで。ここからはもう家畜と同じだった。


 衛僧兵は、わざと手に持ったロープを低く下げて、私が真っすぐに立てないようにした。


 歩きにくくて遅れると、容赦なく鞭が飛んだ。


 しかも、麻の貫頭衣に覆われていない太腿を主に狙って。


 あと胸も。


 でもそんなに痛いとは感じなかった。ぼーっとなってるからかな?


 神前裁判の行われる第四祭壇に引き出されて、証言台もない床に正座させられて、僧兵二人に頭を押さえつけられる。


「これより、神前裁判を開廷する」


 裁判長の声が、わんわんと頭に響く。なんか、壺を被ったままの状態で音を聞くような感じ? いや、壺を被った事ないけど。


 裁判長の役目を果たしてるのは、枢機卿の一人だった。名前は知らないし顔も知らない人。


 どっちにしても、顔を上げられないからどうでもいいわね。


 裁判長が野太い声で罪状を読み上げる。


 四人の勇者候補殺害。横領。文書偽造。姦通。諸々……。


 待って、勇者候補殺害は分かるけど、他は何?


 横領とか偽造とか、それって絶対ついでに罪を擦り付けようとしてるでしょ! 


 それに、姦通? あの、私……ですけどね。


 と、知らないうちに、どんどん罪が増えて凄い事になってた。


「判決を言い渡す」


 なんかもったいぶってるけど、ただわんわん響くだけ。


「……火刑に処す。執行は明日の午前……」


 アルマン様の言った通り、私には一言も証言させないまま判決がくだされた。


 たしかに茶番だ。


 その後、馬の牽く檻に入れられて、教会からシャトーラズ監獄まで運ばれた。


 まるで見世物みたいだったし、途中で石を投げつけられたけど、何かやっぱり実感がなくて他人事みたい。


 頭には靄が掛かったまま、乗り物酔いみたにに気持ち悪い。


 シャトーラズの牢では、首輪のロープを壁に繋がれ、腕も後ろ手に縛ったままだった。


「最後の晩餐だ、せいぜい味わって喰うんだな」


 看守が皿に乗せた食事を持ってきたけど、何これ? ドロッとして、匂いがきつくて、絶対動物の餌だよね。それに、スプーンもついてないんだけど。


「どうせ後ろで縛られて手は使えないんだ。スプーンなんていらないだろ」


 看守は楽しそうに笑った。


 何か、看守とか衛兵って、そんな趣味のヤツ多いのかな?


 せっかくだけど、お腹空いてないし、食欲もないから蹴とばしてやったら、怒った看守にこっぴどく殴られた。


 でも、もう痛みもそんなに感じない。


 それも、他人事みたい。


 わんわんと音が響いてるだけ。


 眠って起きたら治ってるかなと思ったけど、朝になっても同じだった。


 うん、もっと酷くなってる。


 吐きそう。今にも。


 これから火刑だっていうのに、何の感情も湧いてこない。


 看守に引っ張られて、牢を出る。


 シャトーラズ監獄の庭がそのまま処刑場になってるようで、土の上を裸足のまま歩かされる。もちろん、首輪のロープも付けたまま、腕も縛られたまま。


 一旦腕が解かれて、木の柱に磔にされる。


 リューンはいつ来てくれるんだろう。


 あれ? リューンって誰だっけ?


 段々考える事もできなくなってきた?


 見物人が騒いでるけど、やっぱりわんわんと響いてるだけ。


 ホント、自分の事じゃないみたい。


 靄のかかった頭で何とか考えているうちに、足元の藁に火がかけられた。


「あ、ああ、あああああ、あついっ、あついいいいい!!」


 ようやく実感が持てた。


 私、燃えてる。


「お姉ちゃん!」


 リューンの声。


 今度はわんわんと響いてない、ちゃんと聞こえるリューンの声!


 目を開けたら、息もかかるぐらい近くにリューンの顔があった。


「私……生きてる?」


「もちろん。約束したでしょ、絶対に助けるって」


 リューンはにっこりと笑って、私の髪を撫でてくれた。




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