【第37話】因果

「お前たち! 何をしている!!」


 上着に手をかけて脱ごうとした時、勇ましい声と共に勢いよくドアを開けて、女性の衛僧兵四人が飛び込んできた。


「聖女見習いの方が連れていかれたと聞いて駆けつけてみればっ……収監手続きは同性の衛僧兵によって行われるのが規則だ! 恥を知れ!!」


 二十代半ばの女性兵は、物凄い剣幕で男たちを睨みつける。


「わ、我々は、フェリクス大司教様のご命令で……」


 女性兵さんの迫力に押されて、男たちは徐々に声が小さくなってゆく。


「この棟の管理は、地下牢も含めてディアナ大司教様だ! 規則の変更ならディアナ様の許可を頂いてこい!!」


「な……そ、それは……」


 どうせこの男たちに、そんな度胸はないわよね。


「できないなら、早々にここから立ち去れ! 今なら不問にしてやる」


 毅然とした女性兵の態度に、男たちはすごすごと引き下がり部屋を出て行った。


「お前たちは、部屋の外で見張ってくれ。不届きな輩が近づかないようにな」


「はっ」


 他の三人の女性兵も、命令に従って部屋を出た。


 この人、カッコいい。あれ? それにどこかで見た事があるような……。


「失礼しました、エクレンシア様」


 女性兵はぺこりと頭を下げた。


「あの……私の名前を?」


「はい。存じ上げております」


 あ、やっぱりどこかで会ってるんだ。でも、えっと、どこだったかな?


「3年前、ドゥラスの街で助けていただきました」


「え? ドゥラスで……3年前……」


 3年前だと14歳の時だから、まだ冒険者として活動する前、確か研修のために地方の教会を巡っていた頃だ。


 確かにドゥラスにも行ったし、助けたって言うけど、どの事かなあ……。私、教会の規則を破って、こっそり無料で治療してたから、その中にいたのかな。何となく覚えはあるんだけど……。


「ご、ごめんなさいっ、私、あのっ……」


「覚えておられないのも無理ありません。あの時エクレンシア様に助けていただいた者は五十人以上いたのですから。ですが、貴女が忘れてしまっても、あの日、大怪我をした弟を救ってくださった御恩は、一生忘れません」


 女性兵さんは、片膝をついて深々と頭を下げた。


「弟さん……」


 そうか、あの日……。


 ドゥラスの下町だったかな。教会に内緒でお金のない人たちを無料で治療してた時だ。


 屋根の修理中に落ちて大怪我した少年を背負って、泣きながらやってきたお姉さんがいた。


“聖女なら、弟を助けて!!“


 必死の形相で私に詰め寄ってきた人……。


「あのご姉弟のお姉さん……。弟さんはお元気ですか?」


「はい、おかげさまで、来年には結婚いたします。これも、エクレンシア様のお慈悲のおかげでございます」


 女性兵さんは更に深く頭を下げる。もう両膝とも床について、頭も床につきそう。


「あのっ、頭を上げてくださいっ。私はもう聖女見習いではないんですからっ」


「身分など関係ありません、エクレンシア様はエクレンシア様です」


 そっと肩を抱いて立つようにと促すと、彼女はこくんっと頷いて立ち上がった。


「エクレンシア様。一兵卒に過ぎない私では何のお力にもなれませんが、少なくともここでの貴女の尊厳はお守りいたします」


「……ありがとうござます。私も貴女に助けていただきました」


 少なくとも、下衆な男たちの見せ物にはならずにすんだ。


 それだけでも、とてもありがたいのは本当の事だ。


 でも、これ以上この人に迷惑も掛けられない。


「さあ、調べてください」

 

 ◇◇◇◇◇


 初めて入った地下牢。


 暗くて埃っぽくて蒸し暑くて、バカンスとしてはサイテーね。


 バカンスじゃないけど。


 囚人用の貫頭衣はほとんど麻袋って感じで、チクチクしてザラザラして素肌に直で着るのはお勧めできない。


 ま、着るのは囚人だけなんだけど。


 時々足のいっぱいある変な虫とか出てくるんだけど、あんなのが寝てる間に躰を這いずり回ったらって考えたら、気になって眠る事もできなくなった。


 どうしよう。


 どうもできないけど。


「どのくらい経ったのかなあ……」


 ここに入れられてから、もうずっと放ったらかしで誰もこない。


 窓もないから、今が何時なのかもよく分からないけど、たぶんもう夜よね。


 フェリクスでも来れば、鞭で打たれた分、口汚く罵ってやるのに。


「この豚っ、薄汚い豚野郎っ。こっちにきて私の足でも舐めな!」


 とかどうかな?


 や、これはなんか違うような……。


 でも、そうやって挑発して、のこのこと中に入ってきたら、思いっきり蹴り上げてやるんだ。


 や、それもなんか違う……。


 ひっくり返して、顔を踏みつける?


 思いっきり平手打ちもいいかな?


 いや、考えてみれば、首輪で魔法は封じられてるけど、体力とかは強化されたままなんだから、素直にボコボコにしてやろう。豚顔がますます醜く腫れ上がるぐらいにね。


「私、なんか余裕あるなあ……」


 状況は最悪っぽいけど、これってリューンが大丈夫って言ってくれたからだ。


「頼りっきりで、情けないけど……」


 でも多分、ゆとりがあるっていい事だと思う。


 ダンジョンじゃ、壊れかけたしね。


「あ〜あ、誰か来ないかなあ……」


 そう思った時、地下牢の入り口の扉が開く音が聞こえた。



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