【第36話】奪われるもの

 咄嗟に身構えようとしたリューンを目で制して止める。


 ここで暴れるのは絶対にマズい。


「お待ちください! フェリクス大司教」


 アルマン司教が立ち上がって、フェリクス大司教に詰め寄ろうとするけど、衛僧兵が槍を向ける。


「アルマン、この件について君には一切の権限も発言権もない。自らのキャリアに傷を付けたくないなら黙っている方が賢明だぞ?」


「なっ、ですがっ……」


 それでもアルマン司教は食い下がろうとする。


 でも、それはダメ!


「アルマン司教、相談した通り、〝その子の両親を見つけてあげてください〟


 その場しのぎの言葉だけど、アルマン司教に迷惑はかけたくないっ。


 リューンも私の意図を察してくれたんだろう、アルマン司教の袖を掴んで引っ張る。


 リューンを見下ろし目を合わせたアルマン司教は、眉根を寄せて深刻な表情を浮かべたけど、すぐに私に顔を向けてゆっくりと頷いた。


「それでいいアルマン。これ以上この女に関わるな。綺麗な顔をして、欲望にまみれた獣に等しい輩だ。ここにいるだけで空気さえ汚れるわ」


 さんざんな言われ様だけど、ジークは何て報告したんだろ。


「ふん、豚と変わらん奴がよく言ったものだな……清貧を謳う神官が、何を喰えばそれほどに醜く肥え太るのか……」


 やだリューンっ。ここでその発言はヤバいよ!


「ん? そこの子供、何か言ったか?」


 リューンはぷるぷると首を振った。


 良かったぁ、小声だったおかげで、扉の前にいたフェリクス大司教には聞こえてなかったみたい。


 アルマン司教はリューンの顔を見て蒼ざめているけど……。


 フェリクス大司教が顎をしゃくって何か指示したら、一人の衛僧兵が私の後にまわって魔封じの首輪をつけた。


「パーミット・エクレンシア。お前の全ての身分を剥奪し、処分が決まるまで地下牢へ投獄する」


「い、いきなりですか!? 尋問も取り調べもないのですかっ?」


 全ての身分を剥奪って……聖女見習いだけじゃなくて、名前も人としての尊厳も全部取り上げて、本当に動物並みの扱いを受けるって事だ。


 それを、こんな一方的になんて、信じられない!


「誰が喋って良いと言った!」


 肉を叩く音と同時に左の頬に鋭い痛みが走った。


 フェリクス大司教は、右手に握った棒状の鞭を振りぬき、もう一度振りかぶって今度は右の頬に……。


「きゃあああ!!」


 咄嗟に歯を食いしばったけど、もの凄く痛いっ。


「フェリクス大司教っ」


「畜生はこうして鞭で躾けんとな。黙って見ておれ、アルマン」


 その後、何度打たれただろう。


「ほら、しっかり立っていろ!」


 その間中、フェリクスはにやにやと薄ら笑いを浮かべていた気がする。


 リューンは悔しそうな顔でフェリクスを睨んでた。


 アルマン司教はぐっと拳を握って顔を背けていた。


 体中、顔も腕も足も胸もお腹も、焼けるように痛い。


 何の恨みがあるんだろう、私に。


 違う。楽しんでるのねこれ。


 私、意外と冷静だ。


 そうね、だって、スペクターの幻覚に比べたら、全然平気だもの。


「少しは立場を理解できたようだな? よし、連れていけ」


 後ろ手に縛られて、首輪にロープを掛けられて、犬のように引きずられた。


 まあ、四つん這いにさせられるよりはいくらかマシね。


 廊下で振り向いたら、リューンは瞳に涙を溜めて、それでもしっかりと頷いてくれた。


〝大丈夫だよ〟


 リューンの唇がゆっくり動いた。


「最奥の牢に入れておけ」


 地下牢の入り口で、フェリクスはそれだけ言うと、さっさと踵を返し去っていった。


「来い!」


 衛僧兵の一人に、乱暴にロープを引っ張られて、地下への階段を降りる。


 薄暗くて何かジメジメしてる。


「ここで止まれ!」


 牢の前室に入ると、まるで馬の手綱を引くように、ロープを引かれる。


 何でこんなに高圧的なのこの人。


 ああ、そうか、私もう人じゃないんだ……。


 首輪のロープを外され、後ろ手に縛られた腕も一旦解かれた。


「服を全部脱いでこれに着替えろ。身に着けた物のも全て外せ」


「え? こ、ここで!?」


 囚人用の貫頭衣を投げてよこされたけど、ここで脱げっていうの?


「他にどこがある? この先は牢だぞ」


「で、でも……」


 衛僧兵は三人。しかも全員男。


 しかも、よく見たら口元が歪んでいる。


 目つきもなんだかいやらしい。


「早くしろ! それとも、俺たちが脱がしてやろうか?」


「わ、わかりました……」


 どうせここで粘っても、結局は脱がされるんだ。覚悟を決めた方がマシね……。


 悔しいけど、今は言う通りにするしかない。


 男たちに背を向けて上着のボタンに手を掛ける。


「そうじゃない、こちらを向け!」


「まって、そ、そんなっ……」


「下手な小細工でもされたら、俺たちがお咎めをくらうんだ。こっちを向いて、ゆっくり脱げ」


 尤もらしい理屈を口にしてるけど、本音が見え見えっ。


「裸になったら、何も隠していないか、じっくり調べてやるからな」


 ほらね、やっぱり。考えが下衆なのよ。


 でも……どうしようもない。


 ここでリューンの助けを呼んだら、確実に戦闘になるし、そうなったらリューンは王都を滅ぼすまで戦うよね。


 仕方ない、恥ずかしいけど我慢するしかないわね。


 男たちに正面を向けて、指示された通り、ゆっくりと上着のボタンを外す。


 手が震えるのは、許してほしい……。

 

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