【第33話】夢
のんびりと支度を整えて朝食を食べた後、宿を引き払って私の部屋へと向かった。
木造四階建ての集合住宅は東門の近くにあるから、顔見知りやもしかするとジークたちと鉢合わせになるかもしれない。
そんな事態はなるべく、ううん、絶対に避けたいから、『翠龍のローブ』のフードを目深に被って、リューンと手を繋いで歩く。
これなら顔を見られる事もないし、私が子どもを連れてるなんて誰も思わないだろうしね。
日も少し高くなってきたから、冒険者たちはそれぞれの仕事の依頼で、もう街を出ている時間の筈。
東門から延びる大通りを横切って、城壁から四本目の通称ミングハム通りを目指す。
「歩いてる人、少ないね……」
「うん、ここからは住宅街だから、今の時間はこんな感じなの」
通りに入る手前で、リューンは少しゆっくりと歩き、素早く周囲に目を向けた。
「……見張りは……いないみたい」
「分かるの?」
「一応、気配感知で探索した感じでは、それらしい気配はないけど……でも、用心はしとこうね」
気配感知。そんな一瞬のうちに、普通に使えるんだ。
さすがは魔王様。
「急いだ方がいいかな?」
「ううん。普通に歩こう。そのほうが怪しまれないよ」
それもそうか。この時間なら、急いで家に帰る人なんて殆どいないし、ゆっくり歩いていれば、他人とすれ違っても散歩でもしてると思ってくれるかもしれないしね。
「この先、もうすぐ見えるよ。ほら、あれ」
同じような建物が道の両側に並んだ先に、ちょっと煤けた白い集合住宅が見えた。
「あれの三階が私の部屋」
神教会で聖女としての修行を始めた8歳の時から、7年間は教会の宿舎で生活してたけど、15歳で正式に聖女見習いになって、同じ頃勇者候補として認められたジークのパーティーに入ってからは、この集合住宅の部屋を借りて一人暮らしをしてる。
同じパーティーのセラフィーナは、貴族の令嬢だから自分の屋敷に住んでるし、パーティーの他のメンバーは城壁の外にそれぞれ家を借りているから、ここで会う事はない。
ジークは王国から特別に用意された屋敷暮らしだしね。
「じゃあ、いこっか」
リューンの手を引いて中央の扉から建物に入り、正面の階段を三階まであがる。
三階には中央の階段を挟んで左右に四つずつ部屋があって、右の一番奥が私の部屋。
「ちょっと待って」
「……うん、大丈夫。中に誰もいない、もういいよお姉ちゃん」
「あ、気配感知……ありがとう、リューン」
いけないいけない、ちょっと油断してた。
部屋の中で待ち伏せって事もあるよね。今度からは気を付けよう!
「じゃあ、どうぞ。散らかってるけど、入って」
もちろん、社交辞令だよ。ちゃんと掃除はしてるからねっ。
「お邪魔します」
ぺこりと頭を下げるリューンが、やばい、めっちゃかわいい!
「荒らされた様子もないね」
「うん、良かった」
ドアを潜ったすぐがリビング、その左にキッチン。右の手前にお風呂とトイレ。右の奥が寝室。
そう、この集合住宅って各部屋にお風呂もトイレも付いてるの。
家賃はそれなりにするんだけど、王国が全額負担してくれてる。
これでも一応聖女見習いだしね。勇者候補ほどじゃないけど、けっこう優遇されてるのよね。
「とりあえず、そこに掛けて。お茶でも飲んで、これからの事を話そう」
リューンに、リビングの中央にあるソファーを勧めて、私はキッチンに入ってお茶の準備。
あんまりゆっくりはできない事は分かってるけど、少しぐらいはいいよね。
リューンもにっこり笑って頷いてくれたし。
「お姉ちゃん、本を見せてもらってもいい?」
「どうぞ、どれでも好きに読んで」
キッチンから覗くと、リューンはリビングの左壁に並べた本棚を、興味深そうに見入っていた。
「……へぇ~ほとんど薬草に関する本だね?」
「全然色気ないけどね。これでも、いろいろと詳しいんだよ。自分で
「ポーション?」
あ、そうか。各種
「傷を治したり、体力や魔力を回復させるお薬の事だよ。あとは毒消しとか、魔法とかによる麻痺を解いたりとか」
「ふ~ん……今はそんな便利な物があるんだね」
リューンは感慨深げに言った。
「うん……そうだよ……」
お金さえ出せば、いろいろと買える。
でもね、どんな病気にも効くポーションは無いんだよ。
魔法もね、病気には効果ない。
「私ね、万能薬を作りたいの……だから薬草学を研究してるんだ……」
「万能薬……そっか……」
病気の種類に関わりなく、お年寄りにも子どもにも飲める。
そして、どんなに小さな子でも、たとえ死の淵にあったとしても治療できる。
そんな、夢みたいなお薬を作りたいの。
私は、私の弟には間に合わなかったけど……。
他の誰かには、間に合わせたいよ。
その誰かが元気に生きていけるように。
見守る人たちが、泣かないですむように。
「お茶、どうぞ」
「ありがとう……あれ?」
テーブルにカップを置いて声を掛けたら、振り向いたリューンが私を見つめて首を傾げた。
「ん? なあにリューン?」
「……ううん……何でもないよ」
リューンは、何事もなかったように笑ってソファーに座った。
「お茶、頂くね」
一言そう言ったリューンの瞳には、優しい光が瞬いていた。
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