【第31話】お返しって!?

 備え付けのソファーセットに向かい合って座り、照明を落とした部屋の窓から見える星空を眺めながら、就寝前のハーブティーで二人の時間をのんびりとお喋りを楽しむ。


 といっても、私がほとんど一方的に質問してるんだけど。


 魔王になった理由は教えてくれないだろうから、千年前の生活様式とか、流行ってたものとか、食べ物とか、当たり障りのない事ばかり。


「リューンって……実はけっこうモテてた?」


「え、なに? 唐突に……」


 とりとめのないお喋りの途中、ちょっと気になってた疑問を投げかけてみた。


「んっとね、聞いてみたかったの。ねえモテてたでしょ?」


 照れ屋さんで初心なのに、時々胸にずきんっと響く言葉と行動がかなりヤバいのよね。


 そう思うのって、私だけじゃないと思うの。


「……そうだな……」


 リューンはやけに大人びた、色気の漂う笑みを浮かべた。


「百人ほどの美女を集めたハーレムを持っていた。人間、エルフ、魔族、いろいろ揃えてな。もちろん、誰にも不満など抱かせなかったな」


「え? そ、そう、なの……」


 えっと、それは、予想外です……。


「だから、お前一人ぐらいなら、いつでも満足させてやれるぞ」


「ふぇっ!?」


 や、あのっ、ちょ、ちょっと待ってっっ。


 それって、アレかな? いろんなアレとかナニとかソレが、ま、魔王級ってコトかな!?


 た、たしかに、その片鱗が……って何考えてるの私っ!!


「ぷっ、くっくっく……」


 リューンはいきなり吹き出した。


「え? な、なに?」


「冗談だよお姉ちゃん。モテてたかどうか分からないけど、僕はハーレムなんか持ってないからっ。お姉ちゃん、ナニ想像したのっ? あっははははは……」


「やだ、リューンちょっとっ! 笑いすぎだよっっっ」


 いや、ま、いろいろ想像したけどもっ。


「さっき笑われたからね、お返しっ♪」


 リューンはぺろっと舌を出して、片目を瞑った。


「ええ!? そ、そんなっ……い、いじわるっ」


 ほっぺたがめっちゃ火照ってるのが分かる。


 まさか、私の意識に入ってないよね!? ないよね!!


「お姉ちゃんって、やっぱりかわいいね」


 あああっまたそんなっ! その笑顔、もう反則だよ!!


 リラックスするためのティータイムだったのにっ。これじゃ、眠れなくなっちゃう!


「リューン……」


「なに?」


 これだけは、ちゃんと確認しておかねばっ。


「……私のコト……もしかして、チョロい、とか思ってる?」


「うん」


 即答されちゃった……。


 やっぱりチョロいんだ、私。


 簡単に騙されちゃったしね。まあ、自覚はあるんだけども……。


「でも、ちょっとだけだよ?」


「……」


 それ……なんのフォローにもなってないよリューン。でも、自覚があるだけに、ちょっと凹んじゃう。


「お姉ちゃん」


 リューンの声が、僅かだけどトーンを変えた。


 穏やかな表情だけど、どこか見透かすような目をしてる。


「何か誤魔化そうとしてない?」


「え?」


「さっきから、どうでもいい質問ばかりしてるよね?」


 あれ? 気付かれてた?


「……どうでもいいって事は、ないけど……」


 まっすぐに見つめてくる、リューンの瞳が責めているようで、耐えられずに目を逸らす。


「お姉ちゃん……やっぱり、明日聖教会に行くの?」


 なるべくその話題にならないように、と思ってたんだけど。これ以上リューンを誤魔化すのは無理か……。


「……うん。ごめんね、それは……どうしてもやらなきゃ」


 もちろん、私も罪に問われるだろうけど、ジークたちには法の裁きを受けさせる。


 私の誇りにかけて。


「……分かった。もう何も言わない……。でもね、お姉ちゃんに何かあったら、僕はこの街を灰にしてでもお姉ちゃんを助ける。絶対に」


 もしそんな状況になったら、リューンはたぶん躊躇しないんだろうな。


 魔王だった千年前、リューンはその力で多くの国を滅ぼし、数えきれないほどの命を奪ったのよね……。


「うん、ありがとうリューン。でも……少しは手加減してね」


 リューンは俯いたまま、何も答えてくれなかった。


 私が、頑固だから怒ったのかな?


「私……甘いのかな……」


「すまない、気にするな……。お前は今のままでいい。ああ、いや……お姉ちゃんは、今のまま、人の心を捨てないで……。その必要がある時は、僕が捨てるから」


 リューンの言葉は力強かったけど、その瞳はどこか哀し気だった。


 こういう時は……。


 うん、夜更かしせずに、寝るに限る!


「はあぁぁ、もうくたくた。そろそろ寝よ、リューン」


 翠龍のローブをハンガーに掛けて、黒のメイド服を脱いで椅子の背もたれに投げる。


「ち、ちょっと、お姉ちゃん!?」


 リューンは慌てて背を向けた。


「そんなに驚かなくていいと思うんだけど? 宮殿でいっぱい見たんだし、お風呂だって……」


「だ、だからって、脱がなくていいでしょ! そのまま寝ればいいし!」


「え、だって……」


 このメイド服ってね、いろいろ……。


「あ……そっか、サイズが……」


「そ、そうそう、胸がね、ちょっとね、キツいのっ。む、胸だけだよっ。けっしてっ、断じてっ、ウエストが、じゃないからね! 違うからね!」


「お姉ちゃん……それは言わなきゃ分からなかったのに……」


 ああっしまったぁぁっ。


 なんで自分から告白しちゃったのよ私っ。


 あぁ、リューンが憐みの籠った目で見つめてる……。いや、その目はやめてっ。


「でも、大丈夫。お姉ちゃんは綺麗だよ。とっても健康的で、僕は好き」


「ひゃんっ……」


 ヤバい……いきなりこれは、私死んだかも……。


「じゃあおやすみ、お姉ちゃん」


「うん、おやす……」


 リューンは軽く笑って黒い上着を脱ぎ、内側を下にして床に広げると、そのままころんっと横になった。


「ちょっと、リューン!」


 危ない、あまりに自然な流れに、思わず流されそうになったよ!?


「何?」


 リューンは丸い目をして、ちょこんっと首を傾げた。


 いや、そんな、かわいいけどっ。


 かわいいけど!


 何で床で寝ようとしてるのぉ!?

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