【第30話】チョロい二人

「……なんで僕は、お姉ちゃんと一緒にお風呂に入ってるんだろう……」


「えっとね、それはお姉ちゃんがお願いしたから、かな?」


 髪を洗ってもらったお礼に、髪を洗ってあげたんだけど、ついでに背中を流して躰を洗ってあげる、って言ったら全力で拒否された。


 でも、もうどせ脱いでるんだし、怖いからここにいてってお願いしたら、意外とあっさり納得してくれた。


 リューンは魔王だけど、女の子の涙に弱い。


 チョロいぞリューン。お姉ちゃんはちょっと心配です。


「今日だけ、だからね……」


 照れてるのかのぼせたのか、リューンはお湯に顎までつけて真っ赤になってる。たぶん両方かな?


 ただし、お風呂に入る前からずっと、一度も私と顔を合わせないように気をつけてるみたい。


 絶対見ないように、顔を背けて目を伏せて。


 その必死に耐えてる姿が、またかわいいの。


「僕、もう出るっ」


「ああ、まって、私もいくっ」


 背を向けてざばっと立ち上がったリューンに続いて、私も立ち上がる。


 ちょっとくらっとするのは、やっぱりのぼせちゃったからかな。


 向かい合って、恥ずかしそうにもじもじするリューンを見てたら、時間が経つのも忘れてついつい長湯しちゃったみたい。


 そのリューンは、少しでも早くこの場を離れたいのか、タオルで髪をぐしゃぐしゃに拭いてる。


ああ、何かうずうずしてきちゃった。


 ……っていうか、拭き方雑! ちょっともう見てらんない!


「リューン、貸して。お姉ちゃんが拭いてあげる」


「わ、ちょっと」


 とりあえず、隙をついてタオルを没収。


「髪はしっかり拭かないとダメだよ」


「う……」


 髪の水分を切って、マッサージするように、ゆっくりと丁寧に拭きあげる。


 髪を拭き終わって背中にタオルを当てたら、リューンはびくんっと肩を震わせた。


「お姉ちゃんっ。あとは自分でやるからいいよ!」


「遠慮しないで、綺麗に拭いてあげるから」


 リューンは振り返って、私からタオルを奪った。


「お姉ちゃんっ。たしかに僕は子どもだけど、よく見てよ。自分の事が自分でできないほど小さくはないでしょ!」


 けっこう真剣な目で私を見上げてる。


 あ、そっか……言われてみれば……。


「うん、えっと、そうなの、かな? ご、ごめんね、お姉ちゃん、よく、わ、わかんない……」


「お姉ちゃん……どこ見てるの……」


「あ、うん、なんか、ごめん……」


 私は目を逸らして天井を見上げた。うん、わざとじゃないの。


「そ、それから、お姉ちゃん……」


「はい……」


 リューンは慌てた様子でくるんと背を向けた。


「せめてタオルぐらいは巻いて」


「ふみゃっ」


 ええと、おあいこでした……。


◇◇◇◇◇


「さて、さっぱりしたし、ご飯食べに行こうか」


 着替えはなかったけど、下着だけは石鹸で洗って乾燥魔法ドライで乾かしたから、清潔感は保てると思う。うん、匂わない、大丈夫。


 心もとない下着だけど、無いよりマシ。無いよりは……。


「千年振りのまともな食事だし、楽しみ」


 リューンは子どもみたいにうきうきしてる。まあ、見た目は子どもなんだけど。


 一階のリストランテは、ほどよく調整された照明と、十分に間隔を空けたテーブルの配置や所々に配置された観葉植物のおかげで、嫌味のない高級感を演出していた。


 海や港まで馬車で一時間程度の地の利を生かして、今夜の食材は魚介類をふんだんに使った、けっこう贅沢な料理だった。


 普段はもっと庶民的なお店がメインだけど、今日だけはちょっと散財してもいいよね。


 向かいの席で、リューンも満足そうに食べてるし。


「ぷっ、リューン。ほっぺたがリスみたいに膨らんでるよっ。それにほら、口元っ」


 テーブルに置かれたナプキンを手に取り、身を乗り出してリューンの口元を拭う。


「ん……んん」


「いっぺんに入れすぎだよ、もっとゆっくり味わってリューン」


「ん、んぐ、んん」


 凄い勢いで料理を口に運んでる姿は、リューンのイメージとは違うけど、千年振りだもんね。男の子ならそうなっちゃうよね。


 特別なイベントを見られた気がして、私的には大満足だけどね。


 料理の後に出された、甘味と香料を添加したクリームの乗ったケーキを、リューンは一口ごとに目を丸くしながら味わっていた。


「美味しかったね。リューンはどうだった? 千年振りの食事は」


 食事を終えて、部屋に戻って尋ねたら、意外な事にリューンはがっくりと肩を落とした。


「……なんかね……食べる事に集中し過ぎて……味はぜんっぜん覚えてない……」


 ああ、なるほど……それは、うん、悔しい、よね……。


 だ、ダメ……笑っちゃ……耐えろっ、わ、わたしぃぃっ。


「ぷっ」


 耐えられませんでした。


「お、お姉ちゃんっ!」


 リューンのちょっと恥ずかしそうな拗ねた顔、可愛すぎでしょ!


「ご、ごめんリューンっ。何か、ホント、男の子って感じで……」


 だってそれ、子供のフリ、じゃないよね?


「わ、笑わないでっ。久しぶり、だったんだから……らしくないとは、思ってるよ……」


 うん、そうだね。魔王様らしくはない、かな?


「……でも、何か、安心するよ?」


「え?」


 上手く言えないけど、リューンの傍で笑う度に、心が軽くなる気がする。


「ねえリューン……」


「ん?」


「また食べに来よ……それにね……落ち着いたら、私の手料理もご馳走してあげる」


 リューンは目を見開いて、暫くの間私を見つめたあと、ふっと目を細め柔らかな笑みを浮かべた。


「……うん、楽しみにしてるね、お姉ちゃんの料理」


 え? え、そっちなの!? やばいですっ、その笑顔、眩しすぎますっ!


 お姉ちゃん、心臓止まりそうっ。ああもう、すっかり頭の中まで蕩けてる気がするっ。


「ありがとリューン♪ お姉ちゃん、凄く嬉しい。めっちゃ頑張っちゃうから!」


 ああ何か、上手い具合にリューンからコントロールされてる感じがするけど、きっと気のせい。


 あれ? 私って、もしかしてチョロい……?


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