【第28話】添い寝はしないよっ!
アヴァロンの城郭都市に入ると、それまでの騒がしさから一変して、閑静な街並みが広がり、道行く人々もどこか品を湛えている。
西門から真っすぐ延びる通りを暫く進んで、一つ目の環状通りを右に曲がった所に目指す宿『フォーマルハウト』があった。
建物の造り自体は他の宿と変わり映えはしないけど、その『フォーマルハウト』には他の宿と違って、お酒を提供するサルーンの代わりに少し高級なリストランテがあって、女性客や夫婦に人気だった。もちろんお酒が欲しい人の為には、落ち着いた雰囲気のバーもある。
私はお酒は飲まないから、関係ないんだけどね。
つまりどういう事かって言うと、飲んで騒ぐ男どもがいないから、静かで落ち着いて食事ができて、それに安心って事ね。
ここなら、冒険者もこないし。
「へぇ~、今の宿って、こうなってるんだ……」
リューンの頃はもっと簡素で、宿舎みたな感じだったらしい。
目をきらきらさせて、あちこち興味深そうに見入っている姿は、ホントに子どもみたい。
「では、お部屋へ案内させていただきます。どうぞこちらへ」
チェックインと会計を済ませ、ベルパーソンに案内されたのは三階の階段近くの部屋。
「ごゆっくりお過ごしください。お食事は一時間後からとなっております」
ベルパーソンの女性は、丁寧にお辞儀をして下がっていった。
「あの、お姉ちゃん……」
部屋の中を見渡したリューンが、困ったように眉をハの字にして振り返った。
「同じ部屋っていうのは仕方ないとして……これ……」
リューンは部屋の奥に置かれた、大き目のベッドを指差している。
うん、そうだね。一つなのベッド。
「受付で姉弟だって言ったらね、子供は添い寝で大丈夫ですって言われて……料金も二部屋とるより安かったし、あんまりお金使うのも勿体ないかなぁって……」
それに……。
「……恥ずかしいんだけど……一人になるの……ちょっと、怖いの……」
やばい。これってかなり情けないな……。
リューンは目を見開いて、身じろぎもしない。
「……ごめんね……イヤだよね。うん、ちゃんともう一部屋……」
「ああっ、ぼ、僕は大丈夫だよっ、お姉ちゃんが平気ならっ。そ、それに、お金は、うん、節約した方がいいしっ」
両手を突き出して、掌をぷるぷるしてるけど……納得してくれたのかな、リューン? ちょっと微妙。
「でも、添い寝はしないよ?」
「え?」
俯いたリューンの顔が真っ赤になってる。
「添い寝はしないからっ」
目を背けたまま、リューンは同じ言葉を繰り返した。
あれ? 何、かわいいっ。
「でも、ベッド一つしかないよ?」
「僕は床で寝る」
即答ですか……。
「僕は床で寝る」
「え? 何で二回言ったの?」
尋ねたら、リューンは私を見ないまま、キュッと口を結んだ。
「床はダメだよ、リューンだって疲れてるんだから。一緒にベッドで寝ればいいよ、子どもなんだから」
「こ、子どもじゃないよ!」
うん、まあね。確かに中身っていうか心は大人なんだろうけど。それはわかってるんだけど……。
「私、リューンのホントの姿って知らないし、今は子どもの躰でしょ?」
子どもの姿しか知らないから、たまに大人な話し方になる子どもとしか思えないのよね。
超絶美少年! だけど。
「……」
リューンは横目でじっと私を見つめた後、がっくりと肩を落として大きな溜息を零した。
「……たしかに……この躰、どこをどう見ても……子どもだ」
「どストライクの超絶美少年の天使だよ」
そこは、ちゃんとしとこうか。
「……子供でいい……」
ああっ、リューンがジトっとした目で、卑下するように睨んでるっ。
うん、ありがとうリューンっ、それはご褒美です!
「考えてみれば、僕が大人だったなんて証明できないし、大人になるには普通に何年もかかる訳だし。もう、あんまり気にしない事にするよ」
「うんっ。生まれ変わったと思って、子どもライフを楽しんでね!」
「……なんでお姉ちゃんがそんなに嬉しそうなの?」
「目の前に天使がいるから」
何度も言うけど、そこはちゃんとしとかないと、私的に。
「よく……分からないけど……なんかもういいかな……」
納得してくれたかな? でも、リューン疲れた顔してる。
「昨日から戦闘詰めだったし、疲れたねリューン」
「いや、あの、そうなんだけど、これは違う疲れ……」
「夕飯までもう暫く時間あるし、先にお風呂に入ろっか」
着替えはないけど、さっぱりしてからご飯を食べたい。
ベッドの向かい側のドアを開くと、そこがお風呂だった。
「部屋にお風呂が付いてるの!?」
リューンは驚いてたけど、少し高級は宿なら今は当たり前になってる。
魔道具で沸かしたお湯をポンプでくみ上げるから、いつでもお風呂に入れるのも嬉しいよね。
「僕の時代は、大きな街に公衆浴場があるか、貴族の館にあるくらいだったから……」
そっか、千年前だもんね。
五年とか十年でも結構変わるのに、千年……。
しかもリューンはその間ずっと封印されてて、変化の過程を見てないんだから、ショックは大きいよね。
私なんかじゃ、想像もつかない。
「じゃあ、髪とか洗ってあげるから、一緒に入ろっか♪」
普通に言ったつもりだったんだけど、リューンは真っ赤になって硬直してる。
あれ……?
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