【第27話】乙女の決意
「……決着?」
振り返って、訝しむように見つめるリューンに、大きくゆっくりと頷き返す。
「このまま……濡れ衣を着せられたまま、逃げたくない。ジークたちの悪事を暴いて、絶対に罪を償わせる!」
「でも、相手ももう手を打ってるかも……」
そうね、一日以上時間があったんだもの、ジークが何か画策してるのは確実よね。セラフィーナの入れ知恵もあるだろうし、王宮側はジークたちに取り込まれてるのは確実かな。
でも……。
「私は、聖教会の聖女見習いだから……」
聖教会は、このエルカード王国だけでなく、世界中に信者を持つ巨大な組織。
時には、一国の王さえ動かす事ができるほどの影響力を持ってる。
そして、勇者と聖女に祝福を与えてくださるのが秩序の女神様だけど、選ぶのは聖教会だ。
「司教のアルマン様ならよく知ってるし、きっと力になってくれると思うの」
「……」
リューンは何も言わない。表情も渋いままだから、あんまり賛成したくないんだろうな。
「それにね……このままじゃ、田舎のお父さんやお母さんにも迷惑かけちゃう……聖女見習いの娘が、勇者候補殺し……なんて……」
旅立ちの時、泣きそうな私を、笑顔で見送ってくれたお母さん。
何度も何度も振り返る私に、見えなくなるまで手を振ってくれたお父さん。
二人に、肩身の狭い思いなんかさせたくない!
いつか帰った時に、笑って抱きしめたい!
「……信用、できるのか……」
リューンの声が子供とは思えないくらい低くなった。
「大丈夫、アルマン様は誠実で正義感の強い方だからっ」
「そうか……」
一歩前へ出たリューンは、じっと立ち尽くして、振り向きもせずに拳を握った。
「……人間は必ず裏切る……忘れるなっ」
ぎりっと、歯を食いしばる音が聞こえた。
握られた拳が小刻みに震えている。
表情は見えないけど、その口調からは激しい憎悪と後悔の念が伝わってくる。
そうか……リューンも、裏切られたんだ……。
「リューンも? リューンも、いつか私を裏切る?」
馬鹿な質問だと自分でも思った。
契約に縛られてるリューンが、形だけにしてもそんな事ができないのは分かっているのに。
「私が……?」
ぴたりと、リューンの震えが止まった。
怒らせちゃったかな……。
でもリューンは、緊張を解いたように肩の力を抜いて、ゆっくりと振り向いた。
「お姉ちゃんが僕を信じてくれるなら、僕は何があってもお姉ちゃんを裏切らない」
真っすぐに見つめるリューンの漆黒の瞳の中で、星のように煌めく光が躍る。
「……それは、契約があるから? それとも、魂を共有してるから?」
リューンは目を閉じて首を振った。
「僕が……僕だから、だよ」
それから、まるで私の不安を拭い去るように、温かく穏やかな笑みを浮かべた。
◇◇◇◇◇
夕刻を迎えたエルカード王国の王都アヴァロンは、家路に急ぐ労働者や商人たちが行き交い、軒を並べる商店からは客寄せの声が響き渡る。
食事処のすかした窓を越えて香る煙には、急ぎ足の者も思わず立ち止まってしまうほどの魅力に溢れていた。
流れる人の波に押されるまま街に入った私たちは、はぐれないように手を繋いで歩く。
「賑やか、だね。まるでお祭りみたいだ……」
人の多さと活気に煽られたリューンは、少し息苦しそうに顔を歪めた。
「いつも夕方はこんな感じだけど……リューンの時代は違ったの?」
「一つの街に、ここまで人が集まる事はなかったかなぁ……それにこんなに明るい雰囲気でもなかったよ」
明るい、のかな? まあ騒がしくはあるけど。
「宿はこの近く?」
「ううん、この辺りにも何件かあるけど、城壁の中の宿にしよう」
王都アヴァロンは、直径3Kmの城郭都市の周りを囲むように広がった、人口6万人を超す大都市。
城壁の中に暮らすのは人口の約一割の人々と、5000の王国軍親衛隊。
聖教会の本殿も城壁内にあって、聖女見習いの私もそこに所属している。
城壁内の出入りについては、昼間は自由だけど夜間は城門が閉じられてしまい、特別な許可がなければ入る事も出る事もできない。
「まだ間に合うから、城門を通って中に入るわね。ほら、あそこ」
指差した先に、慌ただしく人の出入りする城門が見える。
東西南北、四つの城門の内、今向かっているのは西門。
いつも使っている東門は、冒険者の利用が多いから、私の顔を知ってる人に会うかもしれない。
下手にジークたちと鉢合わせしたら、その場で戦いになると思うし、そうなったらリューンは言葉通りこの街ごと焼き払うかも。
「それでもいいんじゃない? お姉ちゃんが着せられた罪も、それを着せたヤツも、そしてそれを知ってるヤツも、全部消えるんだから」
「ま、まってっ。それはダメっ! 絶対ダメだよっ!」
リューンは納得しかねると言った顔で肩を竦めた。
あれ、ちょっと待って……。
「リューン……私の意識に入ったの……」
「うん、だって人がいっぱいで周りが見えないんだもん。手を離したらはぐれそうだし、せめて意識を繋げておきたくて……」
リューンが眉をハの字にして、縋るような眼差しを向けてくる。
ああ、ダメっ。ああ、尊いっ。そんな目で見つめられたら、私、わたしぃっ。
「……」
あ、リューンがジトっとした目で見てる。はい、それももちろんご褒美ですけど。
「は、はぐれないようにねっ。ちゃんと手も意識も繋ごうねっ」
私たちは喧騒を抜けて、城門を潜った。
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