【第25話】いつか……ね

 扉を潜ってドームの中に入る。


 中は一つの空間になっていて、広さは直径が20mぐらいの高さが8mぐらいかしら、他に部屋とかはなさそう。


 天井から壁まで一つの造りになっていて、まるでテントみたいだ。


 白い壁には窓は一つもないし、他の出入り口もない。


 白い床の真ん中は、周りより一段高い円形の立ち台になっていて、そこに魔法陣が描いてある。


「あれ、帰還の魔法陣かなっ?」


「うん、たぶん」


 私の声、きっと今変に上ずってたと思う。


 答えたリューンの声も、何となく弾んでるしね。


 あれだけの戦いの後だもん、期待しちゃうよね。


「見て、あれ」


 立ち台の前に置いてある、豪奢な装飾の施された二つの箱を、リューンが指差した。


「宝箱?」


「開けてみよう」


 すたすたと歩いて右の宝箱の前に立ったリューンは、なんの躊躇もなく蓋に手をかけた。


「待ってリューンっ。ねえ、大丈夫かな? 罠とかじゃないよね?」


「大丈夫、変な魔力は感じないから……」


 そう言って笑ったリューンがゆっくりと箱の蓋を開けた。


「……これ、は……」


 リューンが箱の中から取り出した物は、金糸と銀糸で縁取られ、袖とフードのついた薄萌葱(うすもえぎ)色のローブ。


 なんとなく可愛い感じがするのは、女性用だからかな?


 リューンはそのローブを暫く見つめた後、まるで愛しい誰かを抱きしめるように、ぎゅっと腕に抱き、顔を埋めた。


 リューンが少し震えてるのは、気のせいじゃない。


 また、懐かしい誰かの思い出が溢れてきたのかな。


 そのローブを羽織っていた人、たぶん女性だよね。


 あのペアカップの人かな? きっと大切な人だったんだよね。


「お姉ちゃん」


 かける言葉が見つからないまま、ただ立ち尽くしていたら、リューンが顔を上げて、私にそのローブを差し出した。


「これ……お姉ちゃんが、使って……」


 そのリューンの手もちょっと震えてる。


「でもっ、これリューンの大切な物なんでしょう? 私、私なんかが、使えないよ」


「大切な物だから、お姉ちゃんに使ってほしい。ダメ?」


 リューンは首をちょこんっと傾けて、花のような笑顔を浮かべた。


 ああダメだ、そんな顔されたら、私……断れない。


「いいの? 汚しちゃうかも……」


「戦う時の装備だからね、汚れるのは当然だよ?」


「似合わない、かも……」


「似合わないって言ったヤツは、僕が滅ぼす」


 え? 滅ぼす? さすがにソレはないよねっ。


 リューンは真顔だ。


「あ、あのっ、リューン?」


 私が、おろおろと尋ねたら、リューンはぷっ、と吹き出した。


「ちょ、ちょっと、リューンっ! 笑うなんて酷いっ」


「だって、お姉ちゃんの顔、ぷっ、くくくっ」


「もうっ、リューンのいじわるっ」


 でも、楽しそうに笑うリューンを見てたら、怒る気にもならなかった。


「じゃあ、使わせてもらうね、ありがとうリューン」


 私はリューンの手から薄萌葱色のローブを受け取り、袖を通す。


「わ、軽い……」


 生地は厚めで丈もひざ下まであるけど、ほとんど着ている感覚がないくらい軽い。


 何の生地でできてるんだろうこれ。


「それは『翠龍(すいりゅう)のローブ』。名前の通り翠龍の鱗から造られていて、物理・魔法、どっちに対しても、最高の防御力を発揮する防具だよ」

 

『翠龍のローブ』って、何かの本で読んだ事ある。えっと……そんな伝説級の装備、私ホントに使っていいのかな?


「それから、お姉ちゃんこれもっ」


 そんな事を思っていたら、リューンは同じ箱の中からもう一つ何かを取り出して、私の目の前に掲げた。


「リューンっ、これっ♪」


 ようやく手に入れましたっ。


 靴ですっ。


 それも、上品な白のロングブーツ。


「ねえリューン、履いていい?」


「うん、どうぞ」


 私はいそいそと、その白いブーツに足を収める。


 けっこうぴったりで固そうだったけど、足首も楽に動かせるし、ヒールもそれほど高くないから動きやすい。歩くのにも走るのにもっ……。


「待って、お姉ちゃんっ」


 いきなり、リューンに腕を引っ張られた。


「それは『涼風のブーツ』だよ。名前は涼風だけど、特殊効果による瞬間加速は、身体強化魔法の十倍はあるから気を付けてね」


「え……十倍……?」


 いや、それ普通に死ぬんじゃないかなぁ。コントロールできないよねきっと。


「慣れれば平気だよ」


 うん、屈託のない、良い笑顔だね。


 そうね、慣れるね。怖いけど。めっちゃ怖いけどっ。


「意識しなければ、普通のブーツだよ?」


 あ、そうなの?


 まあでも、これで、これでやっと文化的なスタイルに戻れるっ。


 裸足も悪くないんだけどね、開放感があって。


 ただ、今時街中とかで裸足は恥ずかしいの。田舎の畑とかならいいけどね。


「もう一個は何が入ってるのかな?」


「とりあえず開けてみよう」


 左の宝箱をリューンが開けた。


「ああ、こっちは……」


「何?」


 覗いてみたら、宝箱いっぱいに金貨が詰まっていた。これ、何枚くらいあるんだろう。


「これは……モーリアス金貨だね。たぶんこの箱だと……一万枚はあるんじゃないかな?」


「え……モーリアス金貨って……一枚で、庭付きの屋敷が買えるっていう、アレですか……」


「ああ、今はそんなに価値が上ってるんだ。でも良かったね、これで大金持ちだよお姉ちゃん」


 リューンってば、ホントに良い笑顔。


 お姉ちゃん、もういっぱいいっぱいです。


 あ、なんか眩暈してきた。


 リューンは宝箱ごと、マジックボックスに収納した。


「いよいよ、だね」


 リューンが私を見上げて、少し興奮気味に言った。


「千年振りの外だから……ああダメだ、ソワソワするっ」


 頬を紅潮させて身体を揺するリューンは、ホントにただの子供に見える。


「くすっ」


 思わず声が漏れてしまった。


「あ、お姉ちゃんっ」


 少し不貞腐れたように頬を膨らませるリューンが、何だろう、可愛いけどそれ以上に愛しい。


「え? ちょ、ちょっと、お姉ちゃんっ!?」


 リューンが慌てるのにも構わず、私はぎゅっと彼を抱きしめた。


「ここを出たら、田舎に家を建てよう? そして、野原をいっぱい走り回って、いっぱい畑仕事して。それからね、いっぱい美味しい物、作ってあげる。私お料理得意だから任せてね。二人で、のんびり暮らそ」


「だが……お前の復讐は? お前の望みならば、私はいくらでもこの力を振るう」


 リューンがまた本来の話し方になった。


 うん、それが契約だったね。私を助けてって、お願いした。


 でもね。


「う~ん、今はどうでもいいかな、あんな連中の事なんて。そのうち考えますっ」


 私はリューンの手をぎゅっと握る。さっき、リューンがしてくれたみたいに。


「ねえリューン、聞いてもいい?」


「ん?」


「リューンはどうして魔王になったの?」


 ぶしつけな質問だっていうのは分かってる。でも、どうしても聞いておきたかった。


「それは、命令か?」


 リューンは私を見上げた。表情からは何も読み取る事はできない。


 それでも、そう……これは命令じゃない。


 私はゆっくりと首を振った。


「命令じゃないよ。でも、聞きたい……」


「……くだらない話だ……人に聞かせられるほどの、大層な理由などない」


 自嘲するようにリューンは笑って肩を竦めた。ちょっと、怒ってるのかな?


「あのねリューン。もう一つ聞いてもいい?」


「何だ?」


 私は大きく深呼吸した。これを聞いたら、リューンはもっと怒るかもしれない。


「リューンって本当は……魔王に、なりたくなかったんじゃない?」


 リューンはびくっと肩を震わせた。


 それからしばらく無言のまま、じっと前を見据える。


「……それこそ……」


 ふっと上げたリューンの顔に、きらきらと風のような笑顔が浮かんだ。


「つまらない話だよ……


「ん……そっか……」


 それから二人並んで、立ち台の魔法陣に乗った。


 ねえ、リューン。


 いつか、話してくれるかな。


 いつか……ね。

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