【第24話】扉は目の前に

 これは……完全に女魔王だ……。


 何か目がちょっと切れ長になってるし、睫毛ばさばさ。眉も細くて真っすぐだし、唇がぷるぷるで艶やかに赤い。


 顔に面影は残ってるけど、ホントに私かなこれ……。


 あ、今はリューンになるのかな? 私の躰だけど私の支配下にないもの。


 それに、気になってるんだけど……。


〝ねえ、リューンの躰はどうなったの?〟


 あちこち見渡してみるけど、どこにも倒れたりしてない。


〝まさか、消えちゃったの!?〟


「そういう訳じゃないみたい。エミュレーンが光った時、躰ごとお姉ちゃんの中に入るような感じがしたから……」


〝そ、そうなのっ〟


 私の、中に……ねっ。そうなんだ。なんだろう、ちょっとえっちっぽくて照れる。


「どういう理屈でこうなったのかは、よく分かんないけど……」


 腕を組んで首を捻る姿が、地龍の目に映る。


 姿は私一人だけど、心は二人……。


〝リューン……もしかして、私たちずっとこのままなのかなぁ?〟


 地龍に勝てたのは嬉しいけど、このままは、ちょっとヤダな……。


「それだけど、たぶん大丈夫だと思うよ」


 そう言ってわたしは(この場合、私の躰をコントロールしているリューンよね)、大剣のエミュレーンを両手で縦に構えた。


〝なに?〟


 それから、柄頭ポンメルの方の左手を握り直し、ヒルトを上下半分くらいの所でガチャリ、と回した。


 すると、大剣に変わった時と同じように、ガード刀身ブレイドの境目に埋め込まれた宝石が輝き、赤い光がわたしを包む。額のティアラについた宝石が、それに呼応するように光る。


〝ん……っ……〟


 そして。


「ふみゃっ」


 赤い光が消えた途端、いきなり感じた自分の体重に戸惑って、かくんっと膝をつく。やだ私、変な声漏らしちゃった。


「えっ……と」


 自分の手を、目の前でひらひらと返してみる。


 うん、自分で動かしてる。


 ちゃんと元に戻れたみたい。良かったぁ。


 もちろん、リューンもかわいい元の姿で笑ってる。


 それから、リューンが手に持ったエミュレーンも。


「ほら、ね?」


 リューンは元の短剣に戻ったエミュレーンから柄を分離して、柄頭の方へ刀身を収めた。


「短剣のシースが柄頭になって、柄と組み合わせる事で、大剣に変形するんだね」


「そう。一か八か賭けだったけど、上手くいったね」


 ちょこんっと首を傾けて微笑むリューンてば、可愛すぎっ。


「ええっと、一か八か、だったの?」


「うん、エミュレーンは僕の魂に呼応する魔剣だから……」


 リューンはシースへ納めたエミュレーンを、どこか懐かしむ目で見つめた。


「そっか、今は私の魂を共有してるわけだから、リューン自身の魂ではないって事か……」


「でも、最初に手にした時、僕の呼びかけに応えてくれたから、いけるとは思ったんだ。まさかお姉ちゃんと一つになるとは考えてなかったけど……ありがとう、お姉ちゃん」


「ううん、助けてもらったのは、私だよ? ありがとう、リューン」


 自分の躰を見下ろして確認したけど、服も元通りの超ミニメイド服に戻ってる。


「ブーツは消えなくてもよかったのに……」


「地上に帰ったら、一番最初になんとかしようね、お姉ちゃん」


 リューンはにっこり微笑んで手を差し伸べてくれる。


「うん」


 その手をとって、ゆっくりと立ち上がった。


「見て……」


 リューンの指差した方を見ると、さっきまでまったく凹凸のなかった白いドームに、入口の扉ができていた。


「ホントに、これで最後だよねっリューンっ」


「それ……言っちゃダメなヤツだよ……」


「わ、まってまって、今のなしっ。ねっ、今のなしっ!」


 リューンは一瞬眉をひそめたけど、すぐに、ぷっと吹き出した。


「くくくっ……お姉ちゃんっ、今の顔っ……」


「ひどっ、リューンのいじわるっ、もおっ……ぷっ、くふふふふ」


 二人で笑ったら、何か疲れも飛んでいくみたい。


 とにかく、生きてる。


 うん、ちゃんと生きてる!


「いこっ、リューン」


「あ、ちょっと待って。この地龍、せっかくだから持っていこう」


「え? 今から解体するの? まあ、魔石とか回収しとけば、かなりの額になると思うけど」


 すたすたと地龍に近づき、リューンが左手をかざすと、首を含めた地龍が丸ごと消えた。


「ちょっ、まってっ。今のマジックボックス? え? あれが丸ごと入っちゃうの?」


「うん。時空魔法を使ってるから、普通のマジックボックスより容量もあるし、もちろん時間経過もないから、新鮮なまま売りに出せるよ」


 屈託なく笑ってるけど、それって、大騒ぎになるパターンだよ絶対。


「そのへんは、おいおい考えようね……」


「え? ダメ?」


 リューンは困ったように眉根を寄せて、つぶらな瞳で見つめてくるけど、私たぶん、目立ったら非常に不味い立場だと思う。


「私……仲間に裏切られて、濡れ衣を着せられちゃったんだよね……」


「あ……」


「それで、襲われそうになって……ダンジョンの崖に飛び降りたの……その……死のうと、思って……」


 ふわりと、リューンの手が私の手に触れた。それからぎゅっと力強く握りしめる。ちょっと痛いけど、でも……。


「行こう、お姉ちゃん」


 リューンは、吸い込まれそうなほどに澄んだ黒い瞳で、何も言わず見つめてくれる。


「うん、行こうっ」


 私たちは、白いドームの扉を開けた。

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