【第22話】二人で……

「立てる? リューン……」


「う、ん……」


 何とか二人立ち上がったけど、私もリューンも、膝が震えて力が入らない。特にリューンは魔力も体力も使い果たしているみたい。


「フォルティーサ!」


 身体強化の魔法をリューンと自分に掛ける。


「ありがとう、お姉ちゃん。これでもう少し動けるよ……」


「無理はしないで。んん、ここは無理するトコか」


 地龍がスパイクの尾を横凪に振り回す。


 私とリューンは上にジャンプしてそれを躱す。


 着地したと同時に、今度は頭上から尾が振り下ろされる。


 私は左に、リューンは右に飛んで避ける。


 地龍の尾は、まるで鞭のように風を切り、私たちを狙って執拗に叩きつけられる。


 動きは単純だけど、早い!


 斜めに迫るスパイクの尾を、私は思いっきり跳躍して避けた。


 でも。


「え?」


 地龍は空中の私に向けて顎を開いた。


 ブレス? 違う、これはっ。


 地龍の口から吐き出されたのは、人の頭の倍ぐらいの光球。


 ブレスより随分威力は落ちるけど、人ぐらいなら一発でバラバラにできる爆光球だ。


「やばっ」


 空中では身動きができない! あの地龍、これを狙ってたんだ!


「お姉ちゃん!」


 リューンが横っ飛びのまま私を抱え、爆光球の軌道から逸らす。


 地龍は間髪を容れず、二発目の爆光球を撃ち出す。


「リューンっ!」


「いくよ!」


 私たちは空中で身体を捻り、お互い足の裏を合わせ思いっきり蹴って左右に飛ぶ。


 その間を、目標を失った爆光球が過ぎる。


 着地してすぐに構える。飛ぶのは不味い、なんとか地上で避けなきゃ。空中じゃ狙い撃ちにされるし、さっきみたいに上手く避けられるとは限らない。


 それに……。


「はぁっはぁっはあっ」


「ごほっ……はあ、はあ……」


 息を整える暇がない。


 これ以上身体強化を掛け続けたら、身体がバラバラになるし、たぶん心臓がもたないよね。


 地龍がまた口を開けた。


「させないっ! 爆裂エクスプロージョン!!」


 爆発的に生まれた炎が地龍を包み、爆光球もろとも、その破壊の波に飲み込む。


「お姉ちゃんっ、耳を押さえてっ!」


 意味が分からなかったけど、リューンに言われるまま、咄嗟に耳を両手で塞ぐ。


 次の瞬間、凄まじい咆哮が響いて、空気さえ震え、耐えられないほどの痛みが耳の中を襲う。


「いやああっ!!」


「う、くうっっ」


 ヤバい、これヤバいっ。


 いつまで続くの、この遠吠え。耳だけじゃなくて、全身が破裂しそうなほど痛い。


「こ、の……調子に、乗らないで……サンク、テュエール!!」


 立ち昇る鮮烈な銀の光が、浄化の聖域を成して地龍を捕らえる。


 同時に、うっとしい遠吠えの声も消える。


「う、うっ、かはっ……」


 リューンは膝をついて嘔吐してる。吐瀉としゃ物には結構な量の血が混ざってるし、呼吸もちゃんとできてないっ。


「し、しっかり、して……リューン……ヒール!」


 治癒の光がリューンを包む。


 良かった、まだ魔力は残ってたみたい。


 私はリューンの傍にしゃがみこんで、そっと背中を摩る。


 もう、これくらいしかしてあげられない。


 リューンは顔を上げて私の目をじっと見つめる。


 私もしっかり見つめ返す。


 サンクテュエールが地龍の動きを止めていられるのも、もうあと少しの間だけ。


 その間に、なんとか方法を考えよう。


「リューン……私、もう一回なら氷花のジーヴル暴風シュトゥルムヴィント、撃てるから……そしたらリューンは……」


「ダメ、その魔力は最後までとっておいて……ここは僕が何とかするから、お姉ちゃんは、逃げて」


 嘘つき。もう動けないくせに。


「お姉ちゃん、だって……」


 あれ? また声に出てた? でもまあいいや。どうせ私も嘘だし。


「ねえリューン、どこで間違えたと思う?」


「どこ、かな……わかんない」


 私もリューンも地面に座り込んだ。


「……私、分かるよ……」


「え?」


「私がリューンの封印を解いたトコ。私がリューンのイメージを子供にしちゃったトコ……私が……」


 そうそれがそもそもの間違いだったんだ。


「……私が……生きたいって、思った事……」


 ぱちんっ。


 左の頬に痛みが走った。


 平手打ちしたリューンが、凄い怖い顔で睨んでる。


「生きたいと願うのは悪い事ではない。生きたいと望む事は邪な事ではないっ。魔王である私に言えた義理ではないが、それでも人は誰しも生を願い望むもの。……くそっ、私が諦めかけていたっ」


「リューン……」


「私はお前と契約した事を後悔していない……」


 リューンは厳しい表情をふっと緩めた。


「だから……僕はお姉ちゃんを守るよ、絶対に……」


 やさしい魔王様は、まるで天使のように微笑んだ。


「うん、ありがとうリューン……」


 私も、負けないくらいとっておきの笑顔を浮かべてみせた。


「でもねリューン……守られるだけじゃ、嫌だな……二人で、考えよ?」


 と言っても、もう時間はない。


「エミュレーンが……本来の形で使えたら……」


「え?」


 そうか、伝説ではエミュレーンって、『全てのものを切り裂く月光を撃ち放つ大剣』だった筈。それが今は30cmほどの短剣になってるのは、何か条件があるのかな?


「僕は封印を解いて肉体を得たけど、魂はお姉ちゃんと共有してるから……」


 リューン、また私の心を読んだみたい。


「それって、一つの魂を半分こにしてるって事? だからエミュレーンは大剣にならないの?」


「うん、簡単に言えば、そういう事だけど」


「じゃあ、一つに纏めちゃえば、いいって感じかな?」


 リューンは腕を組んで難しい顔になった。


「……そんな、事が……?」


 その時、ばちっと頭の中に音が弾けて、サンクテュエールが消滅した。


 動き出した地龍が大きく顎を開く。


 くる、ブレスだ。


「リューン、もう迷ってる暇、ないよ!」


「うん、分かった。そうだね」


 リューンは立ち上がって、革のホルスターから、シースごとエミュレーンを抜き、私の目の前にかざす。


「お姉ちゃん、手を」


 私は、右手を伸ばし、リューンの右手に重ねた。


 エミュレーンの赤い大きな宝石が輝きを増して、私たちを包み込む。


 嫌な感じじゃない、何かが胸の中に満たされてゆく感覚。


「お姉ちゃん」


「リューン」


 地龍が放った灼熱の光が、エミュレーンの赤い光に包まれた私たちを飲み込んだ。



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