【第21話】地龍との死闘
大きく開けた地龍の顎の先に光が集まり、徐々に大きさと強さを増してゆく。
ヤバい、これって……。
「お姉ちゃんっ!」
呆然としてた私を抱いて、リューンが横っ飛びに跳躍する。
その直後、鼓膜が破れるかと思うほどの轟音と共に、灼熱の光が空気と地面を焼き焦がした。
龍のブレス。
人の作った防具は言うに及ばず、神器と呼ばれる盾でさえ、その全てを防ぎきるのは難しい。
あそこに、あのまま立っていたら、今頃は灰も残さずに焼かれていた筈。
「いきなりっ、ご挨拶がブレス!?」
龍とはいっても、地龍の知能はそれ程高くはない。
彼らにあるのは、旺盛な食欲と、闘争本能。
目にした相手をことごとく焼き尽くし、喰らいつくす。
「って、いま建物に直撃したよね!?」
壁が崩れたりしていればそこから中に入れるかな、とも思ったけど、そんなに都合良くはいかないみたい。
「傷一つないね……」
リューンも同じ事考えてたのかな? ちょっとがっかりした顔になってる。
とにかく、あの地龍を倒さないと先へは進めないし、ここから出られないって事は確定みたい。
「くるよ!!」
リューンが叫ぶ。
地龍は身体を反転させて、スパイクの付いた尻尾を振り回してきた。
後ろにステップ。
スパイクの間合いから離脱。同時に魔法をキャスト!
「凍りなさい!
水系の最上位凍結魔法。
勇者や、大魔導師レベルの数人しか使えない魔法だけど、リューンと魂を共有する事で強化された今の私の魔力なら、一発ぐらいは撃てる。
凍てつく氷の嵐が地龍を包み、黒い鱗を凍らせる。でも、それだけで倒せるなんて思ってない。
「地獄の炎で灰になれ! アペルピスィアインフェルノ!!」
地龍の下の地面に現れた魔法陣が、どす黒い炎を噴き上げて空を焦がす。
闇系の、これも最上位業炎魔法だ。
時間をかければ私たちが不利。魔力量の残りなんて気にしていられない。ここは全力で一気に畳み掛ける!
「「スティールランサー!!!」」
リューンと私とで、炎にくすぶる地龍に向け、息つく間もなく鋼鉄の槍を次々と撃ち放つ。
氷と炎で脆くなった地龍の鱗が弾け、火花が散り煙が舞う。
「「はあああああああ!!!」」
十発、二十発。まだまだっ、三十発。もう少しっ四十発! とどめっ五十発!!
肉の焼ける匂いと焦げた木の匂いが混ざりあって、煙と共に辺りに漂う。
「これでっ、どう……はあ、はあっ……」
「はぁっはぁっ……これで、ダメならっ、はぁっ……」
私も吐きそうなほど苦しいけど、リューンはもう立ってるのがやっとみたい。息が浅くて荒いし、顔色も血の気がない。
「大丈夫? リューンっ……」
「はぁっ、思った、より……はぁっ、身体がっ、ついていかな、い……」
「あとは、私が抱っこして、はぁっ……いって、あげるね」
「ははは、それ、は、ちょっと、恥ずかしい、よ……」
リューンも私も顔を上げて、横たわったまま未だに燻り続ける地龍を見た。
黒こげになって、所々鱗の下の皮膚と肉が露出している。あれだけの攻撃を受けて、原形が残っているっていうのが驚きね、さすが地龍ってところかしら。
でも、いくら強固な防御力をもっていても、魔法も物理攻撃も効かない訳じゃない。
「スペクターよりは、戦い易かったかも……」
「うん……もう、歩く気力も残って、ないけど……」
そういって、リューンはぺたんっと尻餅をつくように座り込んだ。
「それじゃあ、はいっ、おいでリューン」
私は両ひざをついて、リューンに向かって両手を広げる。
「えっ、え?」
あ、リューンったらほっぺたが真っ赤だ。それに、私と目を合わせようとしない。
あたふたしてる姿が、ああ、かわいい! 癒されるっ。もう、疲れなんか吹き飛んじゃう!
「ほらほらぁ、遠慮しないの、ね?」
「ねえ……お姉ちゃん」
リューンは顔を上げて、気まずそうに眉をひそめた。
「え? な、なに?」
「命令だからこんな喋り方してるけど……ホントは僕、大人だよ? しかも、お姉ちゃんより随分年うえ……」
「ストップ!」
話を途中で遮った私を、リューンはきょとんっとした目で見つめてる。
「分かってるよ、そんな事。でもね、今は大人の男の人に……傍にいてほしくない……」
これは本当の事だ。
脳裏に蘇ってくるのは、あの崖の上で私を犯そうとした、元仲間たちの下卑た笑い顔と、全てを奪い取るように冷たく笑った、ジークの残酷な目。
あいつらの目が、私を襲ってきたミーノータウロスの目と重なって、堪らなく不安な気持ちになる。
軽く説明するつもりで言ったけど、思ってた以上に心のダメージが大きいみたい。
それはそうか。昨日まで皆仲間だと思って信頼してたし、ジークは私の幼馴染で婚約者だったんだから。
昨日までは……ね。
「……分かってるんだよ、そんなこと……」
スペクターに心の中を弄られたせいなのかな、一度不安が込み上げると、もう抑えが効かなくなる。
「分かってるけど……いいじゃない、それくらい……許してよ、それくらい……」
涙が零れた。
感情もコントロールができない。
「……うん、分かった、そうだね、もう言わない。ごめんねお姉ちゃん。僕は、お姉ちゃんを傷つけたくない。絶対守るから」
リューンはそう言って遠慮がちに近づき、そっと私の首に腕を回した。
本当に優しい魔王様だ。
「あ、ありがと……リューン」
私もしっかりとリューンを抱きしめる。
ちょうどその時だ。
大地を揺るがす振動と、お腹に響く唸り声が聞こえたのは。
「う……そ……」
「ま、さか……そん、な……」
絶望の影はいつも最後にやってくる。希望の見えた、終着点の直前で。
いつか聞いた言葉が不意に頭を
「そう、ね……正しかったね……誰が言ったのか忘れたけど」
焼けただれ、血を流した地龍が、再び私たちに戦いを挑むための咆哮をあげた。
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