【第19話】囲まれた!?

「暑い……」


 もう何回目かな、この言葉。


 スペクターのいたフロアから、幾つか階層を抜けて私とリューンが辿り着いたフロアには、ダンジョン内とは思えない光景が広がっていた。


 どんよりとした空、大きな岩山の露出した平原……平原?


「ここ、まだダンジョンだよね? 外じゃ、ないよね?」


「うん、ダンジョンの中だよ。たぶんこのダンジョンの最下層だと思う」


 最下層なのに、空みたいなのがあるの?


 風に揺れる草木とか、土の匂いとか、どう見ても外としか思えない。


 でも、そういう異質で理解不能なダンジョンがあるっていうのは、聞いた事がある。見るのは初めてだけど。


 それはいいんだけどね。


 なにこの蒸し暑さ!


 もう汗で下着までびっしょり。まあ、ほとんど布は残ってないけどね下着。


 それにこのメイド服って、結構分厚い生地で冬用みたい。汗を吸って重たいし、べっとりと肌に張り付いて気持ち悪い。


 立っているだけで汗が流れ落ちるほどの蒸し暑さなのに、このフロアに出てくる魔物がまた暑苦しいの。


 背中や四本の脚から炎が噴き出してるサラマンダーに、爆炎を吐くコカトリス。


「もおっ、暑いっていってるでしょ!」


 コカトリスの爆炎をステップで躱す。


 すかさず間合いを詰めて、思いっきり魔剣『コンジェラル』を振り下ろす。


 ミスリルの剣さえも通さないコカトリスの鱗を、コンジェラルはまるでまな板に置いた細瓜のように、なんの抵抗もなく斬り落とした。


 サラマンダーと戦っているリューンに目をむけると、ちょうどエミュレーンで真っ二つに切り裂いたところだった。


 サラマンダーは魔法にも物理攻撃にも耐性があって、コカトリスよりも上位の魔物だ。……の筈だよね……。それを頭から尻尾まで、縦に真っ二つ。


 うん、まあ分かってたけど、リューンってやっぱり常識外。


 でも、よく見るとリューンも汗びっしょりで、ちょっとだけ息も上がってるみたい。


 このフロアに入ってから、ほぼ十分おきぐらいに戦ってるから、無理もないよね。


「リューン、大丈夫?」


「う、ん……大丈夫」


 そう答えてくれたけど、随分辛そうだな。


 私は、マジックボックスから取り出した水筒をリューンに渡した。


「リューン、もうちょっとしか残ってないけど、これ飲んで」


「でも、それじゃあ、お姉ちゃんが……」


 リューンは受け取った水筒を両手で持ったまま、戸惑うように見つめてくる。


 ああ、お姉ちゃん水よりも何よりも、そのご尊顔に癒されます。


「平気よ、私、暑さには結構強いの。寒いのはダメだけど」


 別に強がりでもなんでもない。昔から暑いのはあんまり気にならない。ここの蒸し暑さは、ちょっと気が滅入るけど。


「ごめんね……」


 リューンは申し訳なさそうな表情で、こくんっと喉を鳴らして水筒の水を飲んだ。


 千年ぶりに復活したんだものね、この暑さは辛いよね。


 なんとかしてあげたいけど……。


「あ、そうだっ」


 閃いてしまった、私って天才かもっ。


 私は魔剣『コンジェラル』をゆっくりと引き抜き、目の前に掲げる。


 うん、良い感じ。


「お姉ちゃん、どうしたの?」


 リューンってば、不思議そうな顔してる。


「ふふふ」


 服のボタンをおへそまで外す。


「ちょっとっ、お姉ちゃん!?」


 あ、リューン顔赤くなって背けた。うん、かわいい。


「こうすれば、涼しい筈よ!」


 剥き出しの刀身を、はだけた服の隙間からそっと胸に押し当てる。もちろん、怪我しないようにね。


「あ、冷た、い……」


 ああ、これ凄い。


 何か体温がどんどん奪われていくみたい。全身が冷気に包まれてる感じ。


 う~ん冷たいっ、気持ちいいっ、ああ冷たい、冷たい……つ、め、た……い……。


「お姉ちゃんっ、何やってるの!?」


「はあっ」


 あ、何か、違う世界の扉が見えた、一瞬。


 飛びかけてた意識が戻ったら、目の前にリューンの驚いた顔があった。


「あれ?」


「大丈夫? お姉ちゃんっ」


「あの……私って……」


「いきなり服のボタン外して、剣を押し当てるからびっくりしたよっ。凍り付いて死んじゃうからね、そんな事したら! これ、最上位の魔剣なんだから!!」


 リューンは空いた方の手でコンジェラルを握って、抱きとめた私をキッっと睨んだ。


「ご、ごめんなさい……涼しくなるかなぁって思って……」


「一気に寒くなったよ、違う意味で」


 リューンはプイっと顔を背ける。


「はい……ごめんなさい……」


 失敗しちゃった。リューンが苦しそうだったから、なんとか涼しくしてあげたくて、試してみたんだけど……。


「うん、分かってる。でも、あんまり突拍子もない事はしないで……でも……ありがとう」


「ちょっ、リューンっ。考えを読んだのっ!?」


「うん、お姉ちゃんが何考えてるのか知りたかったから」


「はうぅ……」


 ああ、もうこれ完璧にアホの子だ。


「立てる? お姉ちゃん」


「あ、うん」


 私はリューンに支えられながら立ち上がり、受け取った魔剣を鞘に納める。


「それと……その、それ……」


 もじもじと指差すリューンの指先を辿ると……。


 うん、まあそうよね。


 ボタン、おへそまで外したもの。


 ほぼギリだねこれ。


「み、見せたかったんじゃないんだよっっ」


「わ、分かってるっ」


 変な言い訳をして、私はリューンに背を向けボタンをとめた。


 それから、何気なく顔を上げて周りを見渡した時。


「お姉ちゃん……」


 リューンの声が1オクターブ低くなる。


 ……そうだね、油断し過ぎたのね。


「うん、リューン……」


 私は、コンジェラルをもう一度引き抜く。


 今度は真剣に戦う為に。


 私たちは、百体を超える、コカトリスたちに囲まれていた。




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