【第18話】氷結の魔剣
覚えてはいなかったけど、何かとても楽しい夢を見た気がする。
目が覚めると、それに気づいたリューンが私を見下ろした。
でも、あれ? この角度って……。
あ、これ、膝枕だっ。
「あ、おね……」
一瞬、リューンと目が合ったけど、すかさず閉じて寝た振りをする。
だってだってっ! 美少年の膝枕だよ!? 眠ってたらもったいなくない? しっかりこの心地よさを味合わなきゃっ!
「あれ? お姉ちゃん?」
ごめんね、リューン。お姉ちゃんはまだ眠っています。
ホントは起きてるけど、眠ってます! 眠ってるのっ。
不覚だったわ。ぐっすり眠っていて、リューンの膝枕に気付かないなんて!
「起きてる? お姉ちゃん?」
「お姉ちゃんは、もう少しこうしている事を希望します」
あ、また声に出しちゃった。
「うん、分かった、いいよ」
薄目を開けてリューンの顔をこっそり見たら、柔らかな笑顔で答えてくれた。
ああっもうダメっ、死んじゃう、これ死んじゃう。
や、ダメだ。これじゃあホントに、ただのウザいお姉ちゃんになっちゃう。しっかりしなきゃ!
未練は残るけど、思い切って起き上がる。
「お姉ちゃん?」
「あ、ごめんねリューン。もう大丈夫だから」
「うん、分かった」
リューンは立ち上がって大きく伸びをした。立ち上がる時、一瞬顔を歪めたのは、きっと身体が強張っていたからだと思う。
「リューン……もしかして、ずっとこうしてくれてたの?」
「そうだけど……嫌だった?」
リューンは困ったように首を傾げた。
「嫌じゃないよっ、凄く嬉しい。楽しい夢見られたのも、きっとリューンのおかげっ。でも、リューン、疲れたんじゃない? 大丈夫?」
「んーどうかなぁ……こうやって動くのも千年ぶりだから」
リューンはそう言って、腕を回したり、軽くジャンプしたりを繰り返した。
「この身体が、どれくらいで限界なのかが分からないから、はっきりとはいえないけど……たぶんまだ大丈夫だと思うよ」
そうか、肉体の無い状態で千年も封印されてたんだから、身体の感覚って掴みづらいのかもね。しかも封印される前は大人でも、今は子供の姿だし。
……原因は私が、子供をイメージしちゃったからだけど……。
だから、そう。私がちゃんと見てあげなきゃ。
「リューン……」
中腰になってリューンと目線を合わせる。
それからそっと、リューンの額に右手を当ててみる。
うん、私よりもちょっと熱は高いみたいだけど、これがリューンの正常な体温だと思う。
「お姉ちゃん?」
「じっとしてね、リューン」
首筋に手を添えて、脈拍をを数える。とくん、とくん……おそらく80~100の間かな?
目の充血もないし、呼吸も正常で異音もない。
よしっ、この状態を覚えておけば、体調の変化にも気付いてあげられる。
「リューンが疲れたら、お姉ちゃんがおんぶしてあげるね。あ、それとも抱っこの方がいいかなぁ?」
「だ、大丈夫だよっ」
リューンは真っ赤になって、顔を背けた。
うぶな魔王様、かわいいっ。
戦闘はけっこうえげつないけどね。たしかデモンズフォールって、地獄に引きずり込まれて、死ぬこともできないまま業火に焼かれ続ける、最上位の闇魔法の一つだよね。
躊躇なく使っちゃうリューンってば、やっぱり冷酷な魔王様だって思う。
「あれ? そういえば……」
〝僕のお姉ちゃんを苦しめた罰だ、未来永劫、苦しみにのたうち回れ〟
たしか、そう言ったよねリューン。
ああ、ダメだ。胸のきゅんきゅんが止まらないっ。
リューンの姿に癒されるけど、リューンの言葉に殺される、私きっとコロサレル。
「お姉ちゃん……?」
自分を抱きしめてくねくね身悶えしてたら、リューンから、変な生き物を見るような眼差しを向けられた。
うん、それもご褒美。
って、いい加減ちゃんとしろ私っっ。
「リューン、とりあえずこれ、食べて」
マジックボックスから、昨日残ったビスケットと木苺のジャムを取り出して皿に並べる。
「これで最後だけど、もう食べ切っちゃお」
「うん。もし必要な時は、魔物を狩ればいいしね」
食べ物は何とかなるとしても、水が手に入らなかったどうしよう。
そんな私の心配を察してくれたのか、リューンはにっこりと笑って心配ないよ、と言ってくれた。
「今日中にここをクリアしよう、大丈夫だよお姉ちゃん」
「うん、そうだね。それしかないよね、頑張る」
リューンと魂を共有したおかげで、私の力も上がってる。
うん、なんとかいけるはず。
ここから出たら、目一杯お世話してあげるからねリューン。それまでは、もうちょっと力を貸してね。
「お姉ちゃん、これを。まさかあんな雑魚のスペクターが持ってたとは思わなかったけど」
リューンが差し出したのは、スペクターがドロップした細身のショートソード。
スペクターが雑魚ですか……。私、けっこうやばかったんだけどな……。
手に取って、装飾の施された鞘から抜いてみる。
「わ……」
水晶のような透明の刀身が露になったとたん、周りの空気が急激に冷やされて、キラキラと氷の結晶が舞う。
「氷結の魔剣『コンジェラル』だよ……」
刀身をじっくり眺めて呟くリューン瞳が、どこか寂しそうに光った気がしたのは、たぶん気のせいじゃない。
もしかして、これも誰かの形見なのかな……?
「リューン、これ?」
剣を鞘に納めてリューンに尋ねる。
「僕はエミュレーンがあるから、お姉ちゃんが使って。大丈夫でしょ?」
「え、私が……? でも、いいの?」
「うん、お姉ちゃんに使ってほしい」
優しい笑みを浮かべたリューンの顔を見ると、やっぱりこの剣には大事な思い入れがあるんだなって思う。
ここは、断る訳にはいかないよね。
ただ……。
たしかに、剣術のスキルも獲得したけど、剣って使った事ないのよね、平気かな?
「つ、使えるかなぁ?」
「慣れれば、平気だよきっと」
満面の笑みでリューンが応えてくれた。
うんっ、なんかいけそう!
私たちは並んで、下へと続く階段を降りた。
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