【第17話】優しい魔王様

「こいつ……ソウルイーターを、一瞬で!?」


 スペクターは驚愕の表情を浮かべて固まってる。


 そりゃあ、信じられないでしょうね。だって倒せない筈の冥界の鬼を、たった一振りで消しちゃったんだから。しかも十体もいっぺんに。


 あの魔剣、見た目はかわいいけど、なんかえげつないなぁ、あの威力。


「その剣……まさか……エミュレーンかい……?」


 へぇ~、あんな馬鹿幽霊も知ってるくらい有名だったんだエミュレーンって。


「貴様のようなうじ虫がその名を口にするな。剣が穢れる」


 ああ、ホントに、別人のように口が悪いよリューン。


「そ、そんな……エミュレーンは、あの……と……に……はず……」


 スペクターがブツブツと呟いてるけど、途切れ途切れで良く聞こえない。


「まあ丁度いいさ、お前を殺してその剣も、その小娘の躰も、あたしが貰ってあげるわ!」


 スペクターが両手を振り上げた。


 これはさっきの青黒い稲妻!? しかも魔力の集束がさっきの比じゃない!


「死ねええええ!!」


 何十本もの黒い雷が、リューン目掛けて滝のように降り注ぐ。


 でもね。


「ディフレクション!!」


 リューンには、怪我一つさせない!!


 私の張った魔法障壁が、全ての雷を受け止め弾く。


 まだよ!!


「サンクテュエールっ!」


 立ち昇る銀の光。


 浄化の聖域がスペクターを捕らえる。今度は逃がさない!


「ぐっぎぎぎぎ……う、動け、ない……なん、で……」


 スペクターが顔を歪める。


 そうね、分からないでしょうね、あなたには。


 リューンの意識が戻って、繋がりを感じる事ができたおかげで、魔力の補正も正常に、ん? それとも異常に? どっちでもいいや、とにかく戻った。


 さっきまでの、ぴーぴー泣いてた私じゃないの。ちょっとズルっぽいけど。


「甘く見ないでね、っていったでしょ? 忘れちゃたの? お・ば・さ・ん」


 舌を出して、思いっきり馬鹿にしてやった。ざまあみろってかんじ。


「このっ……ガキどもぉぉぉっ!」


 いよいよ追い詰められたのが理解できたのか、スペクターの顔からは余裕がすっかり消えてる。うん、醜い。


「貴様は不愉快だ、もう消えろ」


 リューンが片手をスペクターに向けて、空気が凍り付くような冷たい声で、吐き捨てるように言ったあと、ちらりと振り向いて笑った。


「見ててお姉ちゃん、こいつは簡単には殺さない……」


 スペクターに向き直ったリューンの、それは最後の宣告。


「地獄の業火に焼かれて永久の時を苦しむがいい! くらえ! デモンズフォール!!」


 スペクターの真下の床が、黒く変色して、ねっとりとした闇が溢れる。


 その闇から、何本もの亡者の腕が触手のように伸びて、スペクターへ絡みつく。


「な、なんだい、これ!? か、身体がっ!?」


 腕に絡み取られたスペクターの半透明の躰が、まるで強制的に実体化させられているみたいに、人間の皮膚の色に変わってゆく。


 無数の亡者の手は、その皮膚を引き裂くほどの無遠慮さでスペクター掴み、捕らえる。


「い、痛いっ。ひいいっ、やめてぇ、たすけてえええええ!」


「僕のお姉ちゃんを苦しめた罰だ、貴様は生きたまま未来永劫、苦しみにのたうち回れ」


「い、いいいいやだあああああああ!!! いやあぁ、はがっ」


 助けを求めて叫び声を上げるスペクターの口にも、亡者の手が容赦なく突き入れられる。


「が、はがっ、はがががっ」


 そして、全身を触手の腕に掴まれ、繭のようになったスペクターの躰が、床の闇へ一気に引き込まれてゆく。スペクターの右手だけが必死に何かを掴もうともがく。


 どぷん、っと水を跳ねるような音がして、スペクターを完全に飲み込んだ闇が、現れた時と同じように、唐突に消えた。


 その直後、レリーフがあった壁が、石を引きずるような音を響かせて左右に開き、その奥に下へと続く階段が現れた。


「あのスペクターを倒すのが、次のフロアへ進む条件だったのね……」


 スペクターが消えた床を見たら、あとには美しい装飾の鞘に納められた剣が転がっていた。


 噂には聞いてたけど、初めて見たな。


 ホントにレアアイテムをドロップする魔物がいるんだ、ダンジョンって。


 ってか、靴落とせよ……。


 使えないな、スペクター。


「……ありがとう、お姉ちゃん」


 ゆっくりと振り返って、リューンが微笑んだ。


「え? えっと……」


 なんで、私がお礼を言われてるのかな?


 助けてもらったのは私で、リューンが助けてくれなかったら私、精神と人格を壊されてスペクターに躰を乗っ取られてたんだよ?


 だから……。


「ううん、私の方こそ、ありがとうリューン」


 でも、リューンは唇を真一文字に結んで首を振った。


「僕が……もっと早く切り離された精神と躰を繋ぐ事ができれば……ううん、そもそも、スペクターの存在に気付いていれば、お姉ちゃんがあんなに苦しむ事はなかったのに……ごめ……」


「ああ、待ってリューンっ。謝るのはナシにしよう? ね」


 だって、リューンがスペクターの存在に気付かなかったのは、悪夢にうなされてた私に気をとられていたからだよね。


 あれ? もしかして……。


「ねえ、リューン。私が見た悪夢も、ひょっとしてあのスペクターが見せてたのかな?」


 リューンはゆっくりと頷いた。


「夢の内容は分からないけど、たぶんそうだと思う。スペクターは人間の恐怖や狂気を喰らうんだ。そうして精神と人格を破壊した後、その人間の躰を乗っ取る」


 たしかに、あのスペクターはそんな事言ってたね……でも、なぜ?


「遊び、だよ。頭の中を弄(いじく)りまわして、躰を奪って、ただ快楽の為に弄(もてあそ)んで飽きれば塵クズみたいに捨てる……」


 そうか、私も……塵みたいに扱われてたかもしれないんだ……。


 改めてそう考えたら、膝から力が抜けて、床にぺたんっと座り込んで動けなくなった。


「あはは……」


「お姉ちゃん?」


 私、なんでこんな所で、こんな目に合ってるんだろう。


「もう、やだ……」


 だめだ、涙が止まらない。


「お姉ちゃん、大丈夫だよ」


 リューンが小さい体で、私をぎゅっと抱きしめてくれる。


「リューン……ぐすっ」


「大丈夫、お姉ちゃんは僕が絶対守る。もう怖い思いはさせないから……少し、眠って。僕が、ずっと見てるから心配しないで」


 リューン……。


 君ってホントに魔王?


 優しすぎるんじゃない?


 でも、いいや。


 うん、どうでもいいや、そんな事……。



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