【第16話】お姉ちゃんに手を出すな!

 幻覚? 


 これが、幻覚?


 私の足を食べてるやつも?


 私に覆いかぶさろうとしてるやつも。


 全部、スペクターが見せてる、幻覚?


「そうだよ! よく見てっ。手も足も、ちゃんとあるでしょ!!」


「え?」


 無くなった筈の両手を空に向けて伸ばしてみる。


「あ、ホントだ……」


 肘から切断された右手も、肩から切り落とされた左手も、ちゅんとある。


 身体を少し起こしてみたら、両足だってつま先まであるし、しっかり動く。


 それに、引きちぎられたと思った服も、どこも破れてない。超ミニだけど。


「ホントに、幻だったんだ……」


 あんなに怖くて、辛くて、痛くて、あんなに怖くて……もうちょっとで私、壊れちゃうところだった……。

なんか、なんか……だんだん腹が立ってきたな……。


「このっ、薄汚い牛頭野郎! さっさと、はなれなさああああい!!」


 怒りにまかせて、思いっ切り叫んだ途端、唐突に周りが明るくなった。


「え!? ここ……」


 気が付いたら、元の部屋に立っていた。


「くっ……お前、いったい何をした!?」


 部屋の端まで吹き飛んだらしいスペクターが、少しふらついて私を睨んでいる。


「教えないわよ馬鹿幽霊、バカはバカらしくふらふらしてなさい馬鹿幽霊!」


 激しくなじってやろうと思ったけど、『馬鹿』しか思いつかなかった。


 まあいいかな、いかにも馬鹿っぽい顔してるしね、あのスペクター。


「まさか、あたしの幻覚を、こんな小娘が破るとはね……」


「残念だったわね、お・ば・さ・ん」


 ちらっと視線を外してリューンを見る。


 まだ床に倒れたままって事は、意識だけで私を幻覚から救ってくれたんだ。


「リューン……」


 ……私のリューンに何したの、このおばさん幽霊。


「どうやったか知らないが、あんたの精神が壊れるまで、何度も見せてやるさ!」


 スペクターの腕が伸びて迫る。しかも二本じゃない、背中からも手が生えて全部で十二本!?


「今度は、しっかり壊れな!!」


 不味い、挑発しすぎたかな?


 うじゃうじゃと半透明の手が襲ってくるけど、幻覚から覚めたばかりで、魔力を練る余裕がない。


 また……また、あんな絶望的な幻覚を見るのはやだな。


 今度は、耐えられる自信がない。


 あ、耐えてなかった、リューンの声に助けられただけだ私。


 一歩も動けず、ただ固唾を飲んで立ち竦むだけの私を、半透明の腕が絡め取ろうとした、その刹那。


 きらきらと輝く光の乱舞が、十二本のスペクターの腕を、ことごとく切り裂いた。


「ぎひぃぃぃっ」


 スペクターが苦悶の表情を浮かべ、悲鳴をあげる。


「私の契約者に手を出すな。卑しいスペクター風情が」


 リューン!?


 魔剣エミュレーンを構えて、リューンが雄々しく立っていた。


「リューン!! 無事だったの!?」


 リューンはすかさず私とスペクターとの間に駆け、庇うように私の目の前に位置をとる。


「遅れてごめんね、お姉ちゃん。後は任せて」


 振り返らずに、真っすぐスペクターを見据えるリューンの優しい声が届く。


 うん、なんかほっとする。リューンが無事で良かった。ホントに良かった。


「くっ、魔剣か……でもね」


 切断されたスペクターの腕が元通り再生される。ああ、もうっ、これだから幽霊って、やなの!


「小僧っ……精神と躰の繋がりを切って、一生目覚めない暗闇に落としてやったのに、どうやって……」


「自分で繋いだ」


 リューンは平然と答えた。


「繋いだっだて? そんな事がっ!?」


「できる訳がないか? みくびるなよ薄汚いカスの分際で」


 リューンはエミュレーンの切っ先をスペクターに向け、まるで挑発するかのように言った。


 何か、凄く口が悪くなってるね……。


「ちっ、口の減らない小僧だね。まあいい、今度は眠らせずに殺してあげるから!」


 スペクターが方手を振り上げた瞬間、青黒い稲妻が走り、リューンを撃ち抜き、床を破壊し、空気を焼き焦がす爆音と共に衝撃波が叩きつける。


 巻き上げられた爆煙に喉が詰まる。耳鳴りがして、吸い込む空気が熱い。


「こほっ、こほ、リュー、ンっ!!」


 何? 今のは、雷系の魔法? 違う、雷系ならもっと明るい光の筈だし、ここまでの威力じゃない、ひょっとして闇系の魔法?


 どっちにしても、あんなのまともに受けたら、絶対助からない!


「あっはっはっは、もう終わりかいっ」


「まったく、笑い声も反吐が出るな」


 でも、視界を塞いでいた煙が晴れるとそこに、攻撃を受ける前と変わらず、平然と佇むリューンの姿があった。


 スペクターの半透明の顔が引きつる。


「……ふん、なかなかタフなガキじゃないか……でも、あたしはその女の躰を貰う事にしたんだ。おとなしく今ので死んでれば、苦しまなくって済んだのにねぇ」


 スペクターが両手を広げると、それに呼応するように空中にいくつも黒い影が現れる。


 黒い襤褸ぼろを纏い、大鎌を手にした髑髏どくろ姿。


喰魂幽鬼ソウルイーター!?」


 それ自体に意思はなく、創造主の意思に従い、只々敵対する者の魂を貪り食う冥界の鬼だ。そして魂を食われた者は、永久に地獄で苦しみ続ける。


 しかも、スペクターと同様に物理攻撃は効かないし、魔法も効かない。倒せないソウルイーターを消すには、術者を殺すしかないから、それまではひたすら避け続ける以外にない。


 本当に面倒な相手なのに、それが十体はいる。動き自体は遅いけど、十体の攻撃を避け続けるのは、たぶんムリ……。


 でもリューンは、微動だにしない。


「目障りだ、私の視界に入るなゴミども」


 リューンは魔剣エミュレーンをただ、一振りした。


 30cmくらいの白い刀身にはかなりの厚みがあり、剣というより槍に近い。


 両刃の部分はオレンジ色に光っていて、刃の真ん中に赤いライン。グリップと刃の間に丸くて大きな赤い輝石。


 武器っていうより、装飾品みたい。


 でも、エミュレーンは、その見た目からは考えられないような破壊をもたらした。


 スペクターの腕を切り落とした時と同じ光が、きらきらと空中を舞い、十体のソウルイーターを一瞬で噛み砕く。


 ただの一振りで、全てのソウルイーターが消滅した。


「う、うそ……」


 や……なんかね、もうね、いろいろと規格外だよね……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る