【第14話】敵はアンデッド

「リューンっ、しっかりして、リューン!」


 倒れたリューンの身体を揺すってみるけど、何の反応もない。息はしてるけど、顔を歪めて苦しそう。


 そもそもリューンがこうなったのは……。


「ファイヤーランサー!」


 空中に浮いた、半透明な魔物に向かって炎の槍を撃ち放つ。


「無駄よ」


 炎に貫かれても、魔物は平然と揺れる。でも、それ以上に驚いたのは、その半透明の魔物が人の言葉を喋った事だ。


「あたしには、物理攻撃も魔法攻撃も効きやしないよ」


「やっぱり、喋った!?」


 半透明な魔物のあやふやだった輪郭がはっきりと形をとり、人間の女性のような姿に変わる。ローレリーフにそっくりな姿。ただし、半透明なのだけは変わらないみたい。


「なんで、魔物が人の言葉を……」


 普通、魔物はどんなに強力でも、知能は低く言葉によるコミュニケーションをとらない。


「分かっているんだろう? お嬢ちゃん」


 分かってる……聞いた事ある……。


 半透明で物理攻撃が効かないって事は、霊体型アンデッドだよね。


 霊体型のアンデッドって、ミーノータウロスやミゴンジャガーよりもさらに上位だよね、知ってる。物理攻撃が効かない代わりに、炎系の魔法が効果的なんだよね。


 でも……でも……。


 言葉を話せて、魔法まで効きにくいって……それって……。


「あたしは、スペクターさ、お嬢ちゃん」


 霊体型アンデッドの最上位、聖魔法と光魔法じゃなきゃ倒せない、ダンジョンの最深部にいるボス的な魔物。


 壁のローレリーフに擬態してたから、私もリューンも気付けなかったんだ。


 どうしよう、これ闘えるかな。私だってたしかに聖女見習いだし、聖魔法は使えるけど……。


 私は横目でちらりと、仰向けに倒れたままのリューンを見た。


 胸が上下してるから呼吸はできてるみたいだけど、すごく浅いし苦しそう。


 怯んでる場合じゃない! 


 なんとか、助けなきゃっ! お姉ちゃん、頑張るからねリューン!!


「ほらほら、小僧を気にしてる場合じゃないだろう?」


 スペクターが、うねうねと動く半透明の腕を伸ばしてきた。


「フラッシュバーン!」


 閃光と爆発が、スペクターの腕を弾く。もちろん、それで終わりじゃない。


「サンクテュエール!!」


 聖なる浄化の光が立ち昇り、スペクターを包み込む。


「くぅっ」


 アンデッド系に最も効果のある聖魔法。


 銀の光は、指定した範囲の穢れや邪悪なるものの一切を浄化する。


 霊体型のアンデッドは、その聖域の中で存在を保つ事はできない。


 それに、リューンとの契約のおかげで、魔力が大幅に上がってる今の私なら、たとえ最上位のスペクター相手でもなんとかなる筈!


「リューンを傷つけた罰よっ、聖なる光に焼かれて消えなさい!」


「……少しは……やるよう、だね……」


 スペクターは銀の光の中で、うねうねと悶える。


「私は聖女見習いなの、あんまり甘く見ないでね!」


 見習いとはいえ聖女である私にとって、アンデッドは相性の良い敵といえる。たとえば、火に対する水のように。


 私は、維持した聖域魔法へ、さらに魔力を注ぐ。


「悪かったねぇ、お嬢ちゃん……ここからは少しだけ本気でいくよ」


「は?」


 光に包まれて蠢いていたスペクターがピタリと動きを止めて、カッと目を見開いた。


 その瞬間。


「きゃあああ!」


 目に見えない波にさらわれるみたいに、足が床から浮き上がり、そのまま後の壁に叩きつけられた。


「がはっ」


 何? 何が起こったの!?


「あたしを抑え込むには、ちょいと魔力が足りなかったみたいだねぇ」


 どういう事? 魔力なら十分だった筈よ?


 急いでステータスビューワーを確認してみる。



【魔力:103(+20)⇒123】

【魔力量:520(+50)⇒570】



「え? な、なんで?」


 十倍に補正されていた魔力と魔力量が、ほとんど元の数値に戻ってる!?


「もしかして……」


 床に蹲るリューンに目を向ける。まだ、気を失ったままみたいだ。


 そうなると考えられるのは一つ。


 リューンと魂を共有して契約した私は、リューンの力も共有できる。でもそれはきっと、リューンの意識が目覚めている事が条件で、今みたいに、何かの力で強制的に眠らされてる状態じゃダメなんだ。


 現に、すぐ傍に感じていたリューンの存在が、今は遠くなってる気がする。


 まるで、繋がりが切れたみたいに……。


「あんた……」


「ひっ」


 気がついたら、いつの間にかスペクターが、私の目の前にその半透明の顔を近づけていた。


「なかなか美人じゃないか……それに健康そうだしねぇ、気に入ったよ」


 ニタリと口を歪めて笑うスペクターの顔に、背筋がぞくっとして、全身に鳥肌が立つ。


 ダメだ! 動け!!


「フラッシュヴァーン!」


 光が弾けると同時に、私は床を転がり、壁際から離れて素早く立ち上がる。


 一瞬ひるんだように見えるスペクターも、すぐにこちらに向き直る。


〝不味いっ〟


 本能が叫ぶ。


 何をする気か分からないけど、とにかくスペクターの動きを止めなきゃ!! 


「ムーンフォールっ!」


 満月を模した捕縛の光球を、スペクターへと放つ。


 でも、魔法の月光が捕らえる直前、スペクターは視界から消えた。


「ざ~んねんっ」


 背後から聞こえた声に振り返ろうとした時。


 ねっとりとしたスペクターの手が、私の頭に後ろから絡みついた。


「あんたの躰、弄び甲斐がありそう。あたしが貰ってあげる」


 は? 何言ってるのこいつ。


 私の躰を……貰う? え? ちょ、ちょっと待って! なにこれ!?


 掴まれた頭の両側から、スペクターの指がずぶずぶと差し込まれる。


「いっひぎゃあ゛あ゛あああああっ」


 頭の中を弄るような歪な感覚に、悲鳴が漏れて、目の前が真っ暗になった。




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