【第12話】行き止まり

 薄暗い通路を、かれこれ二時間くらいは歩き回ったかしら?


 あの後も、ミゴンジャガ―を含めて何度か魔物も出たけど、楽勝でやっつけた。


 でもね、よく考えてみれば、ミーノータウロスよりも上位のミゴンジャガーを楽勝って、ちょっととんでもないよね。


「ファイヤーランサーだとオーバーキルみたいだから、今度はファイヤーアローにしてみて」


 さらっとリューンが言ったけど、ファイヤーアローって炎系の初級魔法だよ? さすがにそれはなくない?


 そうは思ったけど、自分の魔法の威力を把握しておくのは、戦闘における大切な基本だしね。試しにやってみますか。


 ……ってね、軽い気持ちだったの……そう、いざという時は、リューンがフォローするって言ってくれてたし。


 でもね、一発なの。


 初級のファイヤーアローでも、一発で倒せちゃうの。


 ばーんって撃ったらね、ミゴンジャガーさんのね、頭がぼーんって無くなっちゃったの。


 あの……私、人間なんでしょうか? 誰か教えてください、これ、もう半分は魔王でできてるんじゃないかな? あ、思い出した、私リューン(初代魔王様)と魂を共有してるんだった。


 そっか、じゃあ仕方ないよねっ、魂の半分は魔王なんだもん。私が半分魔王なのも、当然の成り行きよね!


 ……どうしよう、もう普通の生活には戻れない気がしてきちゃった……。


 いえ、貞操を守れて、死なずに済んだんだから、ありがたい事なんだけどね。


 ありがたいんだけど、何か複雑……。


 それとは別に、ありがたくない事実も判明した。


 このフロアには最初の部屋以外に魔法陣は見当たらないし、特に魔法仕掛けも罠もなかった。


 それはいいの、いいんだけどね。


「階段……ないわね」


「うん……もうこのフロアの部屋は全部調べた筈なんだけど……」


 っていう事は、何か見落としてるんだ。


 つまり、どこかの部屋に上か下かに続く階段が隠されてるって事だよね?


 どうしよ。


「もうあんまり動き回らない方がいいかも、少し疲れたし。お姉ちゃんも疲れたでしょ?」


「えっと、うん、少し……」


 言われてみると、たしかに疲れてるかも。


 躰もそうだけど、それ以上に精神的な疲労が酷い気がする。


 でも、わざわざ自分が疲れたっていうこの気遣い、リューンったら子供とは思えないっ。まあ、中身は大人なんだけど。


 そういえば、今どのくらいの時間なのかな?


 気を失ってたのが、魔力の回復量を考えると二時間ちょっとってとこ?


 このダンジョンに入ったのが午前中で、あの馬鹿たちに襲われたのが、昼過ぎだったから……今はもう夕方か、日暮れ後かしら。


 うん、そう考えると、急激に動きたくなくたってきた。


「このフロアの魔物は、全部倒したから当分は安全だと思うよ。その辺の部屋で今日はもうゆっくり眠って、明日またじっくり探そう。ね、お姉ちゃん」


「うん、そうだね。ありがとうリューン」


 少し戻った所に、他よりも豪奢な造りの扉がある。さっき調べたけど、その部屋だけ床が大理石で、奥の壁には女性の肖像のローレリーフが彫り込まれていた。家具も何もなかったけど、他の場所のように張り詰めた空気も感じないし、何となく安心感のある部屋だった。 


 私たちは扉を開けて、その部屋の中に入った。


「特に……怪しいところはないと思うけど……」


 リューンが部屋を見渡してそう言った。


「うん、私もそう思う」


 これでも一応聖女見習い。邪悪なものを感じる能力は、普通の人よりも優れている……と、思うの。いや、 元仲間たちのクズさ加減に気付かなかったくらいだから、あんまり自信ないんだけどね。


 とりあえず危険はないみたいだから、私もリューンも入って右手の壁に背中を預けて座り込んだ。


「あ、そうだ、ねえリューン、お腹空いてない?」


 マジックボックスに、ビスケットと水を入れてたのを思い出した。あ、そうそう、それから木苺のジャムも。


 今日は夕方には街に戻る予定だったから、あんまりいっぱいは持ってこなかったけど、いつも予備の保存食として余分に入れてある。


 お砂糖を贅沢に使ってるから、疲れた時にちょうどいい。まあね、普段食べ過ぎると太っちゃうけど。


「ちょっと待っててね、リューン」


 マジックボックスから取り出した小皿にビスケットを置いて、一つずつジャムを塗る。っていうよりもジャムをのせるって感じかな。


「はい、どうぞ」


 たっぷりと木苺のジャムをのせたビスケットを一つ、リューンの目の前に差し出す。


「木苺のジャム、か……懐かしいな……」


 リューンは何か思うところがあったのか、懐かしむようにビスケットのジャムを見つめてる。


「ジャムもビスケットも私が作ったの、美味しいかどうかわかんないけどね」


「ありがとう、お姉ちゃん。いただきますっ」


 カリっと齧ったビスケットを、リューンはじっくり味わうように咀嚼する。


 両手でビスケットを持って、噛む度に首が縦にちょこんちょこんと動いてる。


 やばっ、なにそれっ!? やだ、めっちゃいい! 小動物みたいでめちゃくちゃかわいい!! ああ尊いっ!!


 身悶えしてたら、リューンからドン引きされた。


「あの、お姉ちゃん……」


「あ、いえ、なんでもないです……」


 あ、その憐れむような目はやめてください。


 ええ、そう、卑下するような目は、ある意味ご褒美ですけど。


 水とビスケットの簡単な食事が済んで、ほっと一息ついたら、なんだか急に眠くなってきた。


 今日一日で、いろんな事があり過ぎて、まだ頭が追いついてないみたい。


「僕が見張ってるから、お姉ちゃんは安心して眠って?」


 うん、ごめんねリューン、そうさせてもらうね……。


 それからすぐに、私は眠りに落ちた。




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