【第11話】初めての……

 薄く開いた扉の隙間を覗き、リューンが警戒の色を強める。


「いるよ、左右に一匹ずつ。ミゴンジャガーだけど、まだこっちには気付いてないよ」


「ミゴンジャガー……?」


 体長は3mにもなる猛獣系の魔物で、全身を覆うダークグレーの体毛は剣や矢を通さず、素早い動きで敵を翻弄する。


 額には刃のような長い角をもち、鋭い牙の強靭な顎と鋼鉄の鎧さえ切り裂く爪。


 さらに、魔法に対する耐性も高く、勇者候補のパーティーでも、気を抜けば一瞬で全滅の憂き目にあう、非常に危険な魔物。


 マジですか……いきなりそんな上位の魔物来ちゃいます? ミゴンジャガーもミーノータウロスと同じで、ダンジョンにしか現れない魔物だけど、ミーノータウロスよりもかなり強いんだよね……。


 ジークのパーティーでも一度戦った事があったけど、あの時はたった一頭に仲間全員で攻撃して、なんとか勝てたっけ。しかも、結構最近の話だよ。


 ああもう、戦う前から腰抜けちゃいそう。


「あれ? リューン今左右って言った? 扉は片開きだから、左手は見える筈だけど、右手は見えてないよね? 何で分かったの?」


「気配だよ」


 尋ねたら、屈託のない笑顔で答えてくれた。


 あのねリューン、当然って目をして私を見ないで。そんな期待されても、私魔物の気配なんて探れないからね! 人が後ろから近づいて来ても、気付かないでいつもびっくりするんだからっ。


「魔法の準備をして、お姉ちゃん」


「え? で、でも、攻撃魔法なんて使った事ないし、それに無詠唱ってどうやるのか分かんないよ」


 ああ、これだめかな。年上なのに使えない、ウザいヤツって思われたわきっと。


「大丈夫だよ、相手をよく見て、魔法が発動するイメージを持てばいいんだよ」


「イメージ……相手に魔法が飛んでく、みたいな?」


「そう」


 それなら、なんとかなるかなぁ。


「失敗しても、僕がフォローするから平気だよ。練習だと思って、気楽にやって」


 うん、そこまで言ってくれるんだもん、お姉ちゃんがんばるぞ!


「今のお姉ちゃんなら、ファイヤーランサーでいいと思う」


「うん」


 ドキドキしてきた。


 今まではパーティーの一番後ろで、皆に守られながら支援や治癒に専念するのが私の役目だった。


 でも、今からは違う。


 私自身が、前に出て戦うんだ……怖いけど……こ、怖いけどね!。


「じゃあ、1、2、3で行くよ? 1……」


「待って、待ってっ」


 間髪を入れずカウントし始めたリューンを、袖を掴んで止めた。


「ねえ、『さん』と同時? それとも『さん』って言い終わった後?」


 そこ重要です。


「えっと、『さん』と同時で、いい? お姉ちゃん」


「分かった……うん、いいよ」


 1、2……二人で一緒にカウントして、


「「3!!」」


 同時に飛び出す。


 扉を開けたリューンは勢いよく廊下の右手へ、私は左手を向いて、こちらに気付き振り返ったミゴンジャガーを睨む。


「ファイヤーランサー!」


 頭の中に浮かべる、炎が魔物を貫くイメージ。


 ミゴンジャガーが動き出すより早く、撃ち放った青い炎の槍がその体を貫く。


 勝負は一瞬。


 ミゴンジャガーは見事に真っ二つ。


 ミゴンジャガーが真っ二つ!?


 たった一発の魔法で!?


 え、まってまってっ、ファイヤーランサーって、中級の攻撃魔法だよね? なんか威力ヤバいんですけど……。わ、私って、もしかして勇者並みに強くなってる?


 ま、いいか、それは置いといて……。


「はあ、はあ……や、やったぁ……」


 初めて獲物を仕留めた事に興奮したのかな? それとも、緊張で息を止めてたせいかな? 心臓がばくばくで、息も苦しい。


 足がちょっと震えてる。うん、怖かったもん。


 でも、ホントに自分一人で倒せた。


「は、ははっはははは……」


 なぜか、急にこみ上げてきて、我慢しきれずに笑ってしまう。


 頭の中が空っぽだ、なんにも考えてないし、なんにも浮かんでこない。


 なんか変……ただ、そんなに悪い気分じゃないと思う。


 笑ったら少し落ち着いてきた。


「大丈夫? お姉ちゃん」


 背中からリューンの声が聞こえた。振り向かなくても、もう一体のミゴンジャガーを、難なく倒したのは分かる。


「……うん、ありがと……大丈夫、ちょっと緊張しただけ」


 リューンが傍に立って、背中をさすってくれる。


 あ、それ、いい気持ち……。


 私は隣に立つリューンの顔を見上げた。


 目を細めて、キラキラと微笑むその笑顔は、ホントに天使みたい。


 よしよし、よくやったね、って頭撫で撫でしてくれないかなぁ。


「よしよし、よくやったね。えらいよお姉ちゃん」


 そうしたら、ぽんぽん、っとかわいい手で撫でてくれた。


 やばっ、これもう、いつ死んでもいいかもっ。


 しかもしかもっ、〝えらいよお姉ちゃん〟だって!


 そこまで望んでなかったのにっ、リューンってばホント天使! ああ、尊い!!


「ってあれ? 何で?」


「して、って言ったよ?」


 心の声駄々洩れでした。あわわわっ、めっちゃ恥ずかしいっ。


 それに何で私リューンを見上げてるの? リューンって私より背低いよね?


「お姉ちゃん、立てる?」


 リューンが私の肩を抱いて、囁くように声を掛けてくれる。


 私、今気が付いたんだけど、いつの間にかぺたんっと床に座り込んでたのね。


「うん、大丈夫、ありがとね、リューン」


 ゆっくり立ち上がろうとしたんだけど、あれ? 何か膝に力がはいらない?


「きゃっ」


 情けないけど、自分を支えきれずによろけてしまった。


 でも、倒れこむ前に、リューンが腕を伸ばして抱きとめてくれた。


「慌てなくていいよ、お姉ちゃん」


 わわっ、顔ちかっ!


 リューンの黒い瞳に、私が映ってる。


 じっと見つめると、そのまま飲み込まれてしまいそうなほどに心を奪われる。


 ずっとこうしているのも、悪くないかも……。


「あの、お姉ちゃん?」


 ああ、いけないいけない、また違う世界に飛んでたっ。


「ご、ごめんね。もう大丈夫よ!」


 私は立ち上がって腰に手を当て、ぴんっと胸を張る。


 ね? 大丈夫でしょ?


「うん。じゃあ先に進もう」


 リューンが私の左手を取って、きゅっと握ってくれた。

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