【第8話】メイド服をげっと!

 リューンが立っていたのは、窓際の隅に置かれた小さな机の傍。


 その机の脚元に、埃まみれの収納箱が転がっていた。


 大きさは幅が50cm、高さと奥行が30cmぐらいで、両脇に取っ手のついた、飾り気のないごく普通の箱だけど、あれ? 閉じた上蓋の隙間から、黒っぽい布がはみ出てる。


 リューンが何故か慌てた様子で箱を起こして、埃を両手で払う。


 この建物の中は、壁も床もそして家具も全部老朽化して、よく今まで形が残ってたねってくらいボロボロなのに、その箱だけは、埃は被っているけどいまだに艶があって、傷一つ見当たらないし、千年の月日をまったく感じさせない。


「……まさか、残っていたとはな……」


 リューンの喋り方が、大人に戻ってる。


「リューン……?」


 静かに近づく私を振り返る事もなく、リューンはその箱に手を添えてじっと見つめている。まるで……そう、まるで親しい人を看取るように、愛おしく悲し気で、私がいる事も気にせず、その目には涙が滲んでいた。


「ああ、すまない……いや……ごめん、お姉ちゃん」


「ううん、気にしないで……それ、リューンの大切な物?」


 リューンは寂しそうに笑って首を振った。


「昔、ある人にあげた物だよ……ただの木箱に見えたから、勇者たちも持っていかなかったんだね、きっと……」


「え? ただの木箱って……そうじゃ、ないの?」


 私を見上げたリューンが、今度は朗らかな笑みで得意げに頷く。


 ああ、やっぱり、笑顔が一番だね。泣いた顔もきゅんってなるけど。


「これ、時空収納ボックスだよ」


 え? 何? 時空、収納? 仮想空間収納じゃなくって? 浅学菲才でごめんね、お姉ちゃん初めて聞いたの。説明してもらってもいいかなぁ?


「あ、あの、お姉ちゃんバカだから……」


 お頭弱いって言われたしね、セラフィーナに。ってか騙されて殺されそうになったぐらいだもん、ホントばかだよね……。ああぁ何かめっちゃへこんできたよぉ。


「お姉ちゃん? 時空収納は僕が創った、僕だけが使える時空魔法の応用だから、知ってる人はこの世にはもういないよ?」


 リューンってば優しい笑顔で慰めてくれた! ああもう引き込まれそうっ。きゅんきゅんしちゃう! もうどうにでもしてっ!


 ……って、またやってしまった……リューンは……うん引いてないけど、笑顔がちょっと引きつってるかな。


「えっと、それで、時空魔法とか、んっと、時空収納ってなにかな?」


 とりあえずちゃんと聞こう。これ以上暴走して、ウザいお姉ちゃんとか思われたくないし。


「時空魔法は、時間と空間を操作する魔法だよ。で、時空収納っていうのは、その魔法を応用した、簡単に言えば、時間経過の無い収納BOX……かな?」


 えっと……え? 時間経過の無い収納、って言いました? 待って、それって中に収納された物は、永久にその時の状態を保つって事だよね? 例えば、温かいスープを入れたら、いつ取り出しても温かいままって事よね?


「そ、そんな……」


 魔法学会でもいろんな人たちが研究してるけど、未だに誰も成功していない魔法なのに……それを、千年も前に完成させてたの!? すごっ。


 ぶっ飛んだ天才ってホントにいるんだね!


「ああっすごい、すっごいっ、もう、もうだめぇ、やだ、すごいぃっ」


 もう語彙がね、すごい事になっちゃった。


「あの……お姉ちゃん?」


 驚愕の事実に、頬が熱くなって身悶えしてたら、リューンから驚愕の目で見られた。


「話、進めていいかな?」


「あ、ごめん、はい、どうぞ」


 ダメだ、これ。毎度毎度こんなんなってたら、身が持たないぞ私。


「このはみ出してる布、たぶん服だと思う。外に出てる部分はもう駄目だけど、中はもしかしたら……とにかく開けるね」


 え? そうなの? マジ? あ、ホントだ、ぼろぼろだけど、スカートの裾っぽい。期待しちゃうぞお姉ちゃん。


 がちゃり、と音がして、リューンが箱の蓋を開けた。


「あ、やっぱり。ほらっ」


 本日最大のお宝発見だぁ! やったぁ! 


 リューンが箱から取り出したのは、紛うことなきメイド服っ。これで、変態露出狂から卒業できるよっ、ありがとう神様、ありがとうリューンっ。


 あ、でも待って。このメイド服を着る前にね、えっと……ね。


「……リューン……あの……下着って、入ってない、かな?」


「あ、そ、そうか、そうだよね。うん、ちょっと待って」


「だ、大丈夫。私、自分で探すからっ」


 女性の下着を漁る美少年って、絵面的にマズいと思うの。私は君を変態にはしないよ、安心してね。


「……フォースアウト」


 とか思ってたら、リューンの一言で箱の内部が光って、その光が消えると同時に床から同じ色の光が昇った。


 光が消えた床の上にきれいに並べられたのは、この箱の中身かな?


 あんまり多くはないけど、わりといろんな物が入ってたんだね。


「ごめん……下着は、入ってなかった……」


 リューンは申し訳なさそうに肩を落とした。


「ああ、大丈夫だからっ、そんな顔しないで。お姉ちゃん平気だから、ねっ」


 そうよ、メイド服ならちゃんと躰隠せるから。これが下着だけとかだったら、今とそんなに変わらないし、人前には出られないもの。


 とりあえず、白い襟と袖口のついた、ワンピース型のメイド服を着こむ。胸のあたりがちょっと窮屈かな、あ、何かウェストきつい? ううんきっと気のせい。


 古い物だけど、着心地は悪くない。


 それに、この服けっこうかわいい。


「ねえ、リューン、どう?」


 やっと服を着られたのが嬉しくて、リューンの前でくるんと回ってみた。


「あ……」


 リューンが小さく息を呑んで顔を伏せる。


 はい、忘れてたけどこの服スカートは箱の外だったね。


 私の回転に合わせて、スカートが花びらのように細切れに舞い散っていった。


「や、やだ、これ……ぎりぎり……」


 ロングだったスカートは、辛うじてお尻を隠すだけの超ミニ丈になりました。


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