【第7話】せめて……

 二階は見た目からも分かる通り、半分以上の屋根と外壁が落ちて、まともに残っている部屋はあんまりなかった。


 ただ、ここは本当に大きな仮想空間らしくて、雨や風にさらされた後はない。


 でもやっぱり、時間の経過はあるみたいで、どの部屋も埃と蜘蛛の巣だらけだった。


 いるんだね、蜘蛛。仮想空間なのに、あ、何か今、目が合っちゃった。やだ、背筋がぞわってなる。


「お姉ちゃん、僕が探すよ」


 リューンはそう言ってくれるけど、うん、あのね、男の子には、いろいろと分からない事あると思うの。って言っても、元々は大人でうぶな魔王様だけど。


「ありがと、でも私も一緒にさがすよ」


 何せ私の着る服だもの、サイズとかちゃんと確認しないとだし。


 屋根の残っている部屋を、一つ一つ探してみるけど、ボロボロになったテーブルクロスとか、千切れて一部だけになったカーテンとか、とても躰を隠せる大きさじゃない。


 それでも三つ目の部屋で、壊れていないクローゼットを見つけた。


 期待して扉を開けたら、くすんだ色のドレスがハンガーに並んでいた。


 やったーっ、あと下着もあれば完璧!


 ……と、喜んだのも束の間でした。


 手に取った途端、ドレスはポロポロと崩れ落ちて、灰みたいになっちゃった。


「え? 嘘っ、頼むよっ」


 十着はあったドレスは、どれも同じように簡単に破れてズタズタです。引き出しに入っていた下着もまるで枯葉みたい。


 そりゃあそうか、千年も経ってるんだもん、風化しちゃうよね。ちくしょー。


「ああ、せめてパンツ……」


 服を着るという私のささやかな夢は、儚い夢のままで終わってしまいました。


 あ、別に『儚い』、と『穿かない』を掛けた訳じゃないからね? 穿きたいからねパンツ。


「他の部屋をさがしてみよう」


 リューンの背中を追いかけもう一度廊下に出て、ふと思った。


「ねえリューン、この宮殿って結構広いけど、何人くらい住んでたの?」


「えっと……一番多い時で、三十人くらいだったかな」


 リューンは人差し指を顎に添えて、首をちょこんと傾ける。


 やだ、その表情、いただきますっ。


 ああ、ダメダメっ、今は控えなさい私っ。


「一番多い時? それって……」


「うん、仲間はみんな勇者に殺されて、最後は僕ともう一人。その最後の一人も……その……」


 リューンの表情がみるみる暗く悲し気な色に変わる。


「あ、ごめんなさいっ。話したくない事、あるよね、ホント、考えなしで、ごめんねっ」


 そう、リューンは勇者に敗れて封印された初代魔王。


 でも、死んだ仲間って言った。部下や手下じゃなくて。


 大切な人たちだったのかな? リューンは今にも泣きそうな顔してる。


 魔王のイメージとは、何か違う。そう、どちらかといえば……。


「……リューンって、人間みたいだね……」


 思わず馬鹿な事を口走ってしまった。人間の敵である魔王は、魔族の頂点に君臨する絶対的な存在だ。それを、よりによって……。


 でも、リューンの口から洩れたのは、意外な言葉だった。


「……僕は……人間だよ、今も、千年前も……」


「え……?」


 初代魔王が、人間? それって、どういう事? リューンは人間を裏切って魔族についたの?


「ぷっ、お姉ちゃん、変な顔」


 たぶん、予想外な事実についていけなくて、私目をまん丸くして、黒猫みたいに呆けた顔してたのかな。


 リューンは吹き出して、思いっきり笑った。


 うん、いいよリューン。それで辛い事、ちょっとでも忘れられるなら……。って待って、思い出させたの私じゃんっ、何かっこつけてるの私。サイテーでしょ私っ。


「お姉ちゃん?」


「は、はい、ごめんなさい」


「え、何で謝った?」


「あ、いえ、それは、その……」


 だって、だって、せめて謝らなきゃダメでしょ人として。もうね、全裸で土下座するレベルよねこれ。うん、どうしよう、これも取っちゃってお詫びした方がいいのかな……って変態かっ!


「あははは、お姉ちゃんって、ころころ表情が変わって、凄くかわいいね」


「みゃっ」


 超絶美少年に、かわいいって言われました。天使が、かわいいと仰ってくださいました。しかも、しかもっ、大輪の花のような笑顔でっ。私、もう逝っちゃいそうっ。


「あとは、一番奥の部屋だね」


 リューンはすでに冷静な顔になってる。やだ、ホント切り換え早いこの子。


「奥はリューンの部屋?」


「違うよ、使用人の部屋。僕の部屋は、ほら」


 リューンはすっと手を伸ばした。彼の指が差したのはむき出しのホールの、ちょうど真上、きれいに何も無くなっている部分だった。


「そ、そっか……」


「派手に壊れてるでしょ?」


 それもきっと、勇者に……。


「ま、僕が内側から壊したんだけどね」


 うん、いい笑顔だねリューン。


 やんちゃさんだったのかな? まあ、見た目はかわいい子供だけど、ホントは大人だし、めっちゃ怖い魔王様だもん、ね。


 冷静に考えたら、とんでもない人と主従契約しちゃったね。しかも私が主だよ? どうなるの。大丈夫か私。


「お姉ちゃん?」


 リューンが不審そうに首を捻る。


「あ、ご、ごめん。いこっ」


 廊下の一番奥の部屋は、使用人の部屋らしく、今にも崩れそうなベッドが一つの小さな部屋だった。


 開け放たれたクローゼットの中身は、他の部屋と同じで、ぼろぼろで着られるような物は残っていない。


「だめかぁぁ」


 ついつい溜息が出ちゃう。


 この部屋で最後なのよね。そうなのよねリューン。


「こ、こうなったら……」


 たしか、ミーノータウロスって下半身何か穿いてなかった? あれ? 布巻いてただけ? まあどっちでもいいや。ちょっといやだけど、この際仕方ない、我慢しよう、我慢できるかな? うん、やっぱりムリ。


 それに、よく考えたら、リューンが全部バラバラにしちゃったね。


「あ、お姉ちゃん、これっ……」


 そんな事を考えていたら、部屋の隅からリューンの弾んだ声が聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る