【第4話】黒き魔人

「だ、誰?」


 声の主を探そうと、部屋の中を見渡す。


 あれ? 何かミーノータウロスたち、止まってない?


〝止まっている訳ではない、お前の思考が加速されているのだ〟


 またさっきの声。


 思考が加速って、物凄い速さで考えてるって事かな? だから周りが止まって見えるの? あ、そうか、だから私も動けないのね。


 あれ? 何で私の考えてる事が分かるの?


〝私は、お前の頭に直接語り掛けている。お前の思考も分かる〟


「そ、そうなの? だから姿が見えないんだ……」


〝生きたいか、人間の娘よ〟


「ねえ、あなたは誰なの? あの怪物さんたちの仲間?」


〝余計な事はいい。質問にこたえるのだ。時間がない〟


 生きたいか、ですって? それは、ねえ。私まだ十七だし、ちゃんとした恋もしたいし、美味しい物も食べたいし、あとあと、ジークたちに仕返しもしたいかなぁって……。


〝ならば、取引をしよう〟


「取引?」


〝そうだ、私をここから出してくれ。そうすれば、お前を守ってやろう〟


「出す? あなたを? でも、どうやって?」


〝難しい事ではない、お前が私の主となり、魂を共有するだけでいい。それで契約は成立し、私はこの忌々しい封印を破り実体化できる〟


「え、待って……今忌々しい封印って言いました?」


〝そうだ、私を千年もの間閉じ込めているこの忌々しい封印だ〟


「あのぅ、一応お伺いしますけど……あなたって何かヤバい系の人でしょうか?」


〝それはお前の主観次第だ。目の前のミーノータウロスどもと、どちらがお前にとって有益か、それだけの事だ〟


 そうか、そうよね。


 あの醜い怪物たちの宴の主役になるのは絶対いや!


 それにホントは死にたくない!


〝ならば、決まりだな〟


「そうね、もう悪魔でも死神でもなんでもいいです。魂の半分くらいならあげちゃうから、助けてくれますか?」


〝いい判断だ、気に入った〟


「で、どうすればいいんでしょう?」


〝私の姿をイメージするのだ。お前の思い描くイメージを介して、私の実体が創造される〟


「イメージ? どんな感じでもいいの? 例えばすっごいイケメンとか」


〝何でもいい……が、お前が寿命で死ぬまではお前の傍に仕える事になるのだ、それを忘れるな〟


「は、はいっ……じゃあ、いきますよ?」


〝……〟


 返事はなかったけど、いいって事よね。


 イメージ、イメージ……よし! じゃあコレで!!


 そう考えた途端、部屋中が真っ白になるくらいの光が溢れる。


 背後からぱりんっとガラスが割れるような音がして、振り向くと祭壇の黒いオーブが粉々になっていた。


 同時に、私の中から何かが抜けてゆく。抜けてゆく、というより、引きずりだされるって感じだ。


 部屋中に溢れる光の中に、禍々しい真っ黒な渦が現れて、その光を蝕んでゆく。


 ねっとりと絡みつくような空気に息が詰まり、込み上げる不安と恐怖心に背筋に冷たいざわつきを覚える。


「こ、これって……」


 やがて光を飲み込んだ黒い渦は一点に向かって収束してゆき、ゆっくりと人の形をとる。


 真っ黒な服に身を包んだ、黒髪の人。


 その人は私に背を向けたまま、右手を掲げて拳を握ったり開いたりしてる。


「漸く……漸く肉体を手に入れたぞ……今度は貴様たちが滅ぶ番だ、女神よ、勇者よ……」


 あれ? 何か途轍もなくヤバい事を口に出してません?


 えっと……やっぱり何かヤバい人かな? ううん、絶対ヤバい人ですよね?


「そうだ、契約だったな」


 黒い人は、動き出したミーノータウロスに向かって右手を振った。


 そう、ただ横に振った。


 途轍もない衝撃波に空気が歪み、一瞬目を閉じる。


 そして、もう一度目を開けると、信じられない光景が広がっていた。


 原型すらとどめていない、たぶんミーノータウロスたちの死体と崩れ落ちた壁。


 たった一撃で、あのミーノータウロスの群れがほぼ、全滅?


 あんな魔法、見た事も聞いた事もない。そもそもあれって魔法なの? 呪文の詠唱も魔力の収束もなかったよね?


「まだ、力が完全には戻ってはいない、か」


 えっと、何かとんでもない事言いました? 完全じゃないんですか? それで?


 黒い人はさっきの攻撃で生き残った二体に向かって、たった一歩で間合いを詰めた。


 何をしたのか全然見えなかった。でも、二体のミーノータウロスは体を真っ二つに切断されて崩れ落ちた。


 なにこの人、めっちゃ強い!


 強いけど、めっちゃヤバい。


 あ、こっちに歩いてきた。


 こ、怖いけどっ。でもでも、助けてくれたんだから、ちゃんとお礼、言わなきゃ。


 ちょっとフラついたけど、どうにか立ち上がった。


 あ、待って、私これ下着だよ……。


 どうしよ? 何て挨拶すればいいかな?


『こんな格好で失礼しまぁす、えへっ』


 かな? 


『み、見ないで、くださぁぃ』


 は、逆になんかエロいよね……。


 って、悩んでる場合じゃないわっ。


 命を救ってもらったんだから、とりあえずきちんと頭を下げなきゃっ。


「あのっ、ありがとうございますっ、ホントに、助かりましたっ」


「あ、いや、礼には及ばない、契約によってお前は私の主となったのだ。主を守るのは私の役目であり義務、だ」


 穏やかな声で言いながら、ほら、黒い人も何となく困ったように顔を背けちゃった。


「それよりも……その恰好……それは……今の、流行はやり、なのか?」


「ちっ、違いますっ」


 こんなの流行ったら、そりゃあ世の男どもは喜ぶだろうけど。


 でも何か、改めて聞かれると……めっちゃ恥ずかしい。


「あの……襲われて、逃げる途中で、いろいろあって……」


「そ、そうか……いや、おかしな事を聞いたな、すまん……」


 あれ? 黒い人の顔が赤い。それにこの人、何かスケールが……?


 え、待って、これやばいっ。


 私……が、我慢できませんっ。


「かわいいいいいいいっっ!!!」


「むぐっ」


 思いっ切り抱きしめちゃった! 黒い人、もとい、黒い髪で黒い服の男の子をっ♪


 もうね、なんかね、ほんとやばいの。心臓をね、きゅうううって感じ。


 うん、もうお姉さんね、めろめろだよ! 


 十歳くらいかな? もう少し上? どっちにしても、声変わり前の少年だよね、女の子みたいな声だしっ。 


 それにっ、めっちゃきれいな顔してるの。弓月の眉、おっきなアーモンドの黒い瞳に、なっがい睫毛。すらっとしたお鼻と小っちゃい唇。


 やだ、頬っぺたぷにぷにしたい……。


 サラサラの黒髪もいい!


 いっぱいいっぱい抱きしめちゃう! 


 もう、何でもしてあげちゃう!!


 契約? 私が主って言った? そんなのどうでもいいのっ。


 お姉さんね、君の奴隷でもいい! 何でもお願いしてね! 助けてくれたんだから、何でもしちゃう!


「お、落ち着け……娘……」


 うんうん、大丈夫、お姉さん、落ち着いてるよ!


「いや、だから……とにかく、は、離……せ……い、息が……」


「ふぇ?」


 見下ろしたら、男の子は私の胸に顔を埋めてぴくぴくしてた。

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