【第3話】追い詰められて
「いるか、こんなのっ!」
手に持ったロープを、思いっ切り床に叩きつけた。
気付きなさいよ私! 手に取る前にっ。
いくら焦ってたっていっても、ちゃんと見れば、ううん、ぱっと見ただけで分かるでしょ普通。何をどう見たってロープじゃないっ、アホか私っ!
「しっかりしなさいパム! そんなだから、あんな連中に騙されるのよ!!」
あ、でも縛り方によっては、ちゃんと隠せるし服に見えるんじゃ……や、ダメ、やめとこう、変な趣味に目覚めそう。
落ち着いて考えようかな……ここはたぶん宮殿跡よね。それならドレスの一着くらいは残ってるかもしれないよね、ううんきっと残ってる筈。
たとえ白骨の死体さんとかが着てても、脱がして着るっ。うん、呪われそうだけど、どうせ今だって呪われてるようなものだし、これ以上悪くなる事もないよね!
そんな事を考えていたら、何か変な音が聞こえてきた。
ぐるるるるる……。
あの、けっして私のお腹の鳴る音じゃないです。
「風の音……でもない……?」
ごあああああ……。
何かの叫び声? それも一つや二つじゃないわよねこれ。
そう思って周りに目を向ける。
「え!?」
今まで何もなかったホール全体に、薄くて黒い影がいくつも揺らめいている。
一瞬でそれが非常に危険なものだと分かった。
「やばい!」
ホールの両脇にある、二階へ上る階段は二つとも完全に崩れ落ちている。
逃げるとすれば、中央の奥にある地下へ降りる階段だけ。
「フォルティーサ!」
咄嗟に身体強化の魔法を発動させて、中央の階段へと走る。
聖女見習いの私は、攻撃系の魔法が使えない。使えるのは支援系と治癒・回復系の魔法だけ。つまり、魔物が出てきても戦う術がないの。
「そういえば、セラフィーナは攻撃魔法も使えたんだったっけ……」
悔しいけどセラフィーナは天才だ。そのあたりも、ジークの心変わりの理由の一つなんだろうな。もう、どうでもいいけど。
揺らめく黒い影が、徐々に実体化してゆく。
二本足で、人間のような体に雄牛の頭。
「み、ミーノータウロス!?」
ああもう泣きそう。
よりによってミーノータウロスなんて!
魔物の中でもかなり上位に位置する、凶暴で厄介な相手だ。ジークでも一対一では互角だろう。私なんかじゃ、虫みたいに捻り潰されるだけよね。
それだけならまだいい……。
迷宮のみに出現するこのミーノータウロスは、男をなぶり殺しにして、女を凌辱し快楽の限りを貪る怪物。もし捕まったら……捕まったら、死ぬよりも残酷な……。ああ、やだやだ! 考えたくない!
どちらかを選べと言われたら、間違いなく元仲間のクズたちを選ぶ。あいつらなら、遅くてもその日のうちに殺してくれる筈だし、一応人間だしね……。
「……って、どっちも嫌あああ!!」
完全に実体化した一体が、地下へ続く階段の前に立ち塞がる。
でも、まだ動きが鈍い!
一直線に走り抜け、そのミーノータウロスが太く筋肉質な腕を振り上げた瞬間、私は大きく跳躍してそいつの頭上を飛び越し、階段へと駆けこんだ。
「ディフレクション!」
階段の入り口に魔法障壁を張る。これでしばらくはミーノータウロスたちの侵入を防げる筈。
一気に階段を駆け下りる。
地下の廊下は、大人十人が横に並んで歩いても余裕なほど無駄に広かった。
階段からまっすぐ進むか、左右どちらかに進むか、どっちに行けばいいの?
でも、考えてる暇はなかった。
「う、そ……」
完全に失念してた。一階にいるなら、当然地下にもいるよね。
右の廊下の奥から、雄たけびを上げて近づいてくるミーノータウロス。
「とにかく、逃げなきゃ! ディフレクション!!」
階段正面の廊下に駆け込み、背後に魔法障壁を張って時間を稼ぐ。怖いから後は振り向かない。
でも、当然一体だけじゃないよね。
正面にも一体、私に気付いたみたい。
どうしよう、さっきみたいに飛び越せるほど、この廊下は天井が高くない。
「それならっ!」
ミーノータウロスは行く手を遮るように構え、大きく手足を広げている。知能はそれほど高くないみたい。
手前ギリギリで低くジャンプ、足から滑り込むようにミーノータウロスの足の間を抜ける!
すかさず立ち上がって走り、廊下の突き当りを迷わず左へ。
正解! 勘だったけど、こっちにはいない。
と、思って安心した瞬間、通り過ぎようとした左手の扉が吹き飛んだ。
「あくっ」
直撃は免れたけど、左足に掠ってバランスを崩し倒れてしまった。
「や、やばい!」
起き上がろうとした私の脚が、大きくゴツゴツした手に捕まれる。
「ひっ」
思わず声が漏れる。
捕まった! でもっ!!
「フラッシュヴァーン!」
閃光が弾け、爆発の衝撃波がミーノータウロスを襲う。
一瞬、脚を掴む力が緩み、脱出に成功する。と思ったけど。
無造作に振り回したミーノータウロスのもう片方の腕に、背中を突き飛ばされた。
「ぐっ」
それでもなんとか立ち上がる、でも背中の痛みで息が詰まって苦しい。
「にげ、なきゃ……」
廊下を右に折れ、少しすすんだところに、それまでとは違う大きな両開きの扉が目に入った。
私は引き付けられるようにその扉を開き、中へと転がり込む。
「どこか……隠れる所……」
礼拝堂のようにも見えるけど、祭壇らしいものには何の装飾もなく、ただ真っ黒い
両手で扉を閉めて、部屋の奥の祭壇へと進む。足取りがおぼつかない、どうやら身体強化の効果が切れたみたい。
完全には回復していなかった魔力も、もう使い果たした。
「もう、終わり、かな……」
ここに隠れていても、いずれ見つかって捕まるよね。
そしたら……そしたら……もう……。
その時は思ったよりも早くやってきた。
背後で扉が破壊される音が響き、破片が背中にぶつかった。
痛い!
「ほんと……ドアの開け方も知らないの? だから嫌われるのよ……」
この状況でそんな嫌味が出てきた事に、自分でもびっくりしたけど、どうせ聞こえてないわね。
ゆっくりと奴らが近づいてくるのが分かる。
祭壇に辿り着いた私は、振り返り背後を見た。
ミーノータウロスが少なくとも十体。
「素敵な夜になりそうね……」
もちろん、嫌味だ。
脚から力が抜けて、祭壇を背にずるずると腰を落とす。
終わり方としては、最低で最悪。
聖女見習いに選ばれてから、ずっと聖教会と神様に尽くしてきたのに。私の人生ってなんだったんだろ……。
「なんにもいい事なかったなぁ……」
ううん、たぶんいい事はあった。でも、思い出せない。
「お父さん、お母さん、ごめんね……」
こんな埃まみれの所で、あんな化け物たちに穢されて、幸せにもなれずに野垂れ死にするんだ、私……。
「……ジーク……仕返ししてやりたかったのに……」
こんな時に浮かぶのが、あのクズの顔なんて……。
「そうだ」
護身用にと、ジークがくれたダガー。
今だけは、感謝した方がいいのかしら。
「皮肉ね……」
命を守る為の最後の武器で、自らの命を絶つ事になるなんて。
両手で握りしめたダガーの刃を喉元に押し付けた時。
〝待て……人間の娘よ〟
頭の中に、穏やかな声が響いた。
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