【第2話】おちてゆく聖女
目の前に出した自分の手さえ見えない、真っ暗な闇の中をどこまでも落ちてゆく。
「ふふっ」
崖に飛び込む間際。私に駆け寄ってきた男たちの、必死な間抜け面が目に浮かんで、思わず笑ってしまう。どれだけ飢えてるのよ?
「あんな連中に犯されるぐらいなら、ここで死んだ方がマシ。怖いけど、それも一瞬で終わる筈だし」
どうしても抱きたいなら、追いかけてくるがいいわ。ぐちゃぐちゃの肉片になった私を見て、性欲も食欲もなくなるだろうし、そのまま干からびて死んじゃえばいいのよ。
死ぬ間際にそんな事を考える余裕があるって、私って結構大物かも? って、もうすぐ死ぬんだから、大物も小物もないけど。
もちろん、ただじゃ死なない! 絶対化けて出てやるからね! そして、末代まで呪ってやるんだから!
「ははは……化けて出る、か……はははは」
自分でも分るくらいに、虚しくて乾いた笑い声。絶望すると、人って笑えるんだ、初めて知った。
でも悔しい……悔しいよ。
こんな方法しかなかったなんて。
勇者になったジークの隣で、ジークを支えて、ジークと一緒に幸せになるって信じてたのに。
「ジーク……」
二人で故郷の街を出た時は、あんなに優しかったのに。
どこで間違ったんだろう。
ジークの持っていた特殊スキル『アヴァリエント』が、死んだ相手からスキルを奪う事ができるって気付いた時から?
たまたま見つけた冒険者の遺体を弔った時、その冒険者のスキルを授かったって言ってた。
あれからジークはみるみる強くなった。
でもまさか、ほかの勇者候補を殺していたなんて。
私以外のパーティーメンバーも、皆知ってただなんて。
〝お前は人を疑う事を知らないから、騙されないように十分気を付けるんだよ〟
旅立ちの日、お父さんがそう言って頭を撫でてくれたっけ。
「ごめんね、お父さん、お母さん……やっぱり、私、騙されちゃった」
風を切る音が耳に響いている。もう上を向いているのか、下を向いているのかも分からない。
どこまでも、闇の中を落ちてゆく。
どこまでも、どこまでも、どこまでも、どこまで、も……?。
……うそ、なにこれ? 今気付いたけど、おかしくない? ってか……。
いつまで落ちるの!?
一瞬だから、って思ってたのに!
底知れない恐怖に襲われたその時。
唐突に眩しい光が下か立ち昇った。
「え? 何?」
それは碧の光で描かれた魔方陣。
その魔方陣に飲み込まれた瞬間、私は意識を失った。
◇◇◇◇◇◇
どれくらい眠っていたんだろう。
気が付くと、冷たい床に寝転がっていた。
「ここは……」
床に手をついて半身を起こす。うん、体は動くしどこも痛くはない。
魔力も少し回復してるみたいだし、これなら何度かは魔法も使えそう。
薄闇に目が慣れて、だんだんと周りが見えてくる。
太い石の柱が立ち並び、壁には篝火が焚かれている。奥には仰々しいほどの立派な扉。反対側を振り向くと、そこはすぐ白い壁になっていた。
「ここって、ダンジョンの最下層?」
よく見てみると、壁は所々崩れ落ちて破片が転がっている。神殿の回廊みたいだけど、随分と古いものみたい。
上を見上げると、そこには壁と同じ色の天井がしっかりある。
と、いう事は上から落ちてきたわけじゃないみたいだけど、床にも魔方陣はない。
「何かのきっかけで、発動する魔方陣って事かしら?」
もしそうなら、あいつらが追いかけてくるかも……。
そう思ったけど、グラシアレスのダンジョンにこんな仕掛けがあるなんて聞いた事もない。だとしたらあいつらだって、命を懸けてまで崖に飛び込もうなんてしないよね、きっと。
ただ、ここにじっとしていてもどうにもならない。
死後の世界かなとも思ったけど、たぶん私は生きてる。
魔方陣でここに飛ばされたのなら、もしかすると帰還の魔方陣もあるかもしれない。
戻ってどうなるのか、私みたいな見習い聖女に何ができるのかは分からない。
でもきっと、あいつらの鼻は明かしてやれる。
「絶対っ、生き残ってやるんだから!」
自分を鼓舞して、ゆっくりと立ち上がる。
そして気付いた。
「やん、なにこれっ……ほとんど裸じゃないっ」
自分の身体を見下ろしたら、下着は申し訳程度に布が残っているだけだった。辛うじて隠せてはいるけど、これって、布の残り方がかなりエロいよね?
やだやだ、人に見られたらめっちゃ恥ずかしいよぉ。
って訳で、当面の目標が決まりました。
まず服を探す。服が見つからない時は、カーテンとかシーツとか、とにかく体を隠せる布を見つける。うん、それが最優先。
靴もなかったけど、まあ後回しでいいかな。
私は、篝火に照らされた回廊を進み、奥にある扉の前に立つ。
両開きの重厚な扉だけど、軽く押しただけで簡単に開いた。
扉を潜ると、いきなり碧の光に包まれる。
「えっ、また、魔方陣!?」
暗闇を落ちていた時と同じ魔方陣に飲み込まれたけど、今度は気を失ったりしなかった。
緑の光が収まると、そこには豪奢な装飾を施した、アーチ型の門がそびえていた。
「これは……宮殿……?」
ただし、門を潜った先にある宮殿は半ば崩れ落ちていて、ホールの一部がむき出しの状態になっている。
それに、宮殿の周りは闇に包まれていて、ここが外なのか、それともダンジョンの中なのかよく分からない。見えているのは、アーチ門と宮殿と、宮殿のホールへ続く石畳の道と荒れ果てた庭園。
どっちにしても、宮殿に入ってみるしかないわね。
階段を昇って、ホールに入ったところで、いきなり足元に目的の物を見つけた。
やったぁ! これで躰を隠せる!!
さっそく身に着けますっ♪
弾む心でそれを手に取り、目の前に広げた。広げた、んだけど…何? コレ。
「麻の……ロープ?」
変態じゃん……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます