手をつないで!私の小さな魔王さま!
水辺野かわせみ
第1章 Survival
【第1話】裏切り
なに? これ、どういう事?
躰が痺れて思うように動かない。
夕暮れ時のような薄闇が広がる
私は、埃っぽい地面に腰から崩れ落ちて両手をつく。
私たちのパーティーはここ、グラシアレス遺跡のダンジョンでの依頼を受けて、魔物との戦闘を繰り返しながら中層部まで進んだ。
何度か目の戦闘が終わって、ほっと息をついた、そんな時だった。
「お疲れパム、少し休むといい」
パーティーのリーダーで、勇者候補の一人。そして幼馴染で婚約者のジークが、私の背中にそっと手を回して、優しく抱き寄せて労いの言葉をかけてくれた。
「うん、ありがとうジーク」
それは、私たち二人の、いつも通りの光景の筈だった。
……筈だったのに……。
いきなり、背中に針で刺されたような痛みが走り、体中の力が抜けて立っている事ができなくなった。
「ジ、ジーク……な、何、を……」
これは、麻痺毒?
でも、なんでっ。なんで私に毒を?
震える手に力を籠めてなんとか上半身を起こし、私はジークの顔を見上げた。
たぶん、今の私って、相当脅えた顔しているんだろうと思う。
「余計な事に、気付かなきゃよかったのになパム」
ジークは悪びれもせず笑いながら、手に持っていた毒針を投げ捨てた。
「ま、待って、どういう事ジークっ、戻ったら、ちゃんと罪、を……告白、するって言った、じゃない……」
ジークの犯してきた罪。
それを知った私は、他の仲間たちとも相談して、その罪を一緒に償うと決めた。
それなのに……。
「ああ、帰ったらちゃんと大臣に報告するさ。全部お前がやったんだってな」
「な、何を、言ってるの……ジーク……?」
全部、私が?
他の勇者候補を殺して、そのスキルを奪ったのはあなたじゃない、ジーク!
私の説得に反省して、一緒に罰を受けるって言ったじゃないっ!
「あれ? まだ分かってないのかパム?」
ジークが身を屈めて私の顔を覗き込む。
「この娘、案外お頭(つむ)弱いのね、笑えるわ」
ジークの隣で、本当に楽しそうに笑ったのは、私と同じ聖女見習いのセラフィーナだ。
「あなたは、幼馴染で婚約者のジークを勇者にする為、他の勇者候補をその躰を使って誘い暗殺したのよ? 皆知ってるわ」
私を取り囲んで見下ろす仲間たちが、ニヤニヤと笑ってる。
「な……な、にを、言ってる、の……?」
真剣に、セラフィーナの言葉が理解できなかった。
「ジークはこれから、勇者になって、この国と世界を支えるの、私と一緒にね。だから、あなたはもういらないの、ここで死になさいパーミット・エクレンシア」
「セラフィーナ……あなた……」
私は、見下すような笑みを浮かべたセラフィーナを睨みつける。
「セラの言う通り、お前はここで死ねよパム。なあに、これから勇者になる俺の罪を被って死ぬんだ、言ってみりゃ、それも世界貢献さ」
「う、嘘でしょ……ジーク……冗談、だよね……」
縋るようにジークを見つめた。
同じ街で生まれ育った幼馴染で、私の婚約者。そう、婚約者の筈なのに、どうしてこんな事を?
「あのさ、他の勇者候補どもを蹴落として、成り上がっていくにはさ、金も権力も、あるだけあった方がいいだろ? セラフィーナは公爵令嬢だしさ、これからも俺の為に尽くしてくれるって言うし、ただの町娘のお前とは比べものにならないんだよな。それに、お前より魔法の才能もあるし、お前より美人だしな……」
そう言ってジークは、これ見よがしにセラフィーナを抱き寄せ、この場にはそぐわない濃厚なキスをする。
そう……そういう事……。
いつ頃からか、ジークは私を遠ざけるようになった。
それと同時にセラフィーナと二人で見張りに出る事が増えた。そして時々、ジークの身体から、セラフィーナの使っている香水の残り香がする事もあった。
二人は一線を越えた関係になったのだろう。
経験のない私にも、そのくらいは察する事ができた。
でも、ずっと気付かない振りをしていた。我慢していれば、待っていれば、きっとジークは私の元に戻ってくれると。
「……ジーク……」
思いっきり憎しみを込めた目で睨んだ筈なのに、なぜか涙が零れた。
「まあ、そんな顔すんなよ。俺だって、このままお前を死なせるのは気の毒だって思うよ。だからせめて、こいつらに楽しませてもらいなよ」
ジークはちらりと後ろを振り向き、同じパーティーメンバーたちに顎をしゃくった。
「悪いなジーク」
「いやあ、こいつ実はタイプだったんだよな」
「元仲間の女を、ってのがそそるよな」
「じゃあ、順番を決めようぜ」
「好きにしていいんだろ? ジーク」
メンバーたちが好き勝手な事を言い始めたけど、冗談じゃない。なんで好きでもない男たちに!
「ふ、ふざけ、な、いでっ」
もう舌もよく回らない。
「良かったわね、何も知らないままじゃなくって。五人も相手してくれるのよ、豪華じゃない」
セラフィーナが何か言っているけど、頭に血が上ってよく聞こえない。
「こ、この、クズ……」
仲間だと思っていたのに、昨日まで、ううん、ついさっきまで、そう思っていたのに。
「安心しろパム、最後は俺が送ってやるよ」
ジーク、こんな冷たい笑い方するんだ……。
「じゃあ、さっさと服脱がせろ!」
叫んだのは弓使いのドレッド。
よく私を援護してくれた。
「とりあえず、じっくり眺めてやろうぜ」
今のは誰?
剣士のガイル? それとも魔道士のヒューイ?
「ほらほら、じっとしてろ!」
誰かが私の服に手を掛けて、毟るように引っ張った。
誰? 拳闘士のサムソン? ああ、槍術のベッカーか。
「お前ら、焦りすぎだろ、笑えるわ」
「ねえジーク? あなたが殺す事ないわ。どうせもう、たいして魔力は残っていないだろうし、放っておいても魔物が片付けてくれる。それを見学するのもいいんじゃない?」
「それもそうだな。こいつから奪うスキルなんてないし、そうするか」
ジークとセラフィーナ、ホントにクズだ。
皆最低のクズだ。
ああ、なんか段々腹立ってきた。
誰よ下着に手を掛けてるのは。
冗談じゃない、あんたたちにやられるぐらいなら……やられるぐらいなら……。
たしかに、セラフィーナの言った通り、戦闘を繰り返したせいで魔力はほとんど残っていない、でもっ。
「フラッシュヴァーン!!」
残り少ない魔力で発動させた、閃光と耳をつんざく爆発音。殺傷力はなくても、数秒のあいだ人間の全感覚を麻痺させ動きを封じる。それに消費する魔力も僅かだ。
「ぐあっ」
「め、目がああっ」
今だ!
私は怯んだ男たちの手を振りほどき、最後の魔力で解毒の魔法を唱える。
「ヴェレ……イラージュ」
淡く碧い光が身体を包んで少しだけ痺れが収まり、なんとか立って歩けるくらいになった。
これでもう、魔力は使い果たしたみたいだ。
それでもいい。とにかく、ここから逃れられればそれでいい!
膝が震えてるけど、歯を食いしばって歩く。
もう少し!
「くそっ逃がすな!」
仲間たち、違う、元仲間たちが目を擦りながら立ち上がってよろよろと追いかけてくる。
「残念だなパム! そっちは崖だ、逃げ場はないぜ!!」
ジークが叫んだ。
逃げ場がない? バカねジーク。私は逃げるんじゃないの。
崖っぷちに立って、その奥を見下ろす。
真っ暗で何も見えない。
まるで無限の地獄が口を開けているみたい。でも不思議と恐怖は感じない。
「あんたたちに……あんたたちになんか、好きにさせない。私は、絶対……呪ってやる!」
「ま、まさかっ!? くそっ、止めろっ!」
私の意図に気付いで、男たちが駆け寄ってくる。
「もう遅いわ」
どいつもこいつも、色欲に眩んだ醜い顔をしてる。
こんな連中だったんだ……。本当に、今更気付いても遅いけど……お互いにね。
私は倒れこむように力を抜いて、深淵の闇の中へと身を投じた。
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