第213話 思わぬ障壁……?
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「勇にぃは渡さない」
男を手玉に取る小悪魔のような表情の未夜。よくも悪くも、未夜は身内相手には感情を隠さずに表現する。嬉しい時は素直に笑うし、嫉妬している時や怒ってる時は分かりやすく不機嫌になる。子供の頃からそうだった。
だから、未夜のあんな表情は初めて見た。
何かを秘めたような妖しげな笑み。何を考えているのか、全く読めない。
「未夜も勇にぃのこと好きなんだね」
「ふふ、それはご想像にお任せするよ」
今さら参戦してきても、未夜にできることなんかないと思っていた。
あたしと朝華とこれまで繰り広げてきた激闘。そこに未夜が入り込む余地なんかない、と高をくくっていた。
しかし、結果から見れば未夜はあたしを抑え込むことに成功している。朝華が来るまでになんとか勝負を決めたいあたしを、絶妙のタイミングでブロックしているのだ。
考え方を変えてみると、実は未夜のポジションが一番優位にいるのかもしれない。あたしは春高を前に部活で忙しく、朝華は基本的に土日しか富士宮に帰ってこられない。
その点、未夜は受験勉強という口実――事実そうなのだが――で放課後は勇にぃの部屋にいつでも入り浸ることができるのだ。今までノーマークだったからこそ、勇にぃも未夜のことは警戒しておらず、今まで通りの距離感で接している。そしてその近すぎる距離感で未夜はアタックを開始できるのだ。
未夜をあたしにぶつけて拮抗状態に持ち込むという朝華の策。それはたしかに効果があった。いやありすぎた。
これが朝華の目論見通りだとしたら、朝華はとんでもない読み違いをしてしまったのかもしれない。
これはあたしだけの問題ではない。
朝華はまだ気づいていないのだ。
未夜をこの戦いに引きずり込んでしまった失敗を。ある意味で、強敵を呼び起こしてしまったことを。
どうする?
未夜が同じ場にいるタイミングでは勇にぃとの関係を先に進めることはできないだろう。かといって、あたしと勇にぃが二人きりになれる機会を自然に作るのも難しい。
何もできないままでいれば、未夜が最短距離で詰めてくる。
「……」
トイレの水が流れる音がかすかに聞こえた。ややあって、勇にぃが戻ってくる。
「さて、ゲームでもするか?」
「うーん」と未夜は猫のような声を出す。
「なんだ未夜、まだ苦しいのか?」
勇にぃは困ったちゃんの妹を見るような目だ。
「寿司のあとにケーキまで食ってたもんな」
「うぅ、ちょっと苦しい。動きたくないかも」
「大丈夫か?」
「ねぇ、勇にぃ。今日泊まってっていい?」
「はぁ?」
「――っ!?」
「何言ってんだお前」
「そ、そうだよ未夜」
「だってぇ、お寿司食べすぎて苦しいんだもん」
言って、未夜は小悪魔のような笑みを浮かべる。
あたしは甘かった。
未夜の持つ最大の武器はこの距離感だ。
あたしや朝華が勇にぃを巡って戦っていることなど知らずに過ごしてきたからこそ、勇にぃに警戒されない立ち位置を自覚せぬままに手にしていた。妹のようにするりと勇にぃの懐に潜り込むことができる立ち位置。そしてそれは、一手で詰ませることができる……
ちょっとこれ、ヤバいんじゃない?
もし勇にぃと未夜が同じ屋根の下で一夜を過ごすとなったら、今の未夜は何をするか分からない。
あんなことやこんなことになったら……
「馬鹿。駄目に決まってんだろ。別に夜が遅いわけでも台風が来てるわけでもねぇしな」
勇にぃが一蹴し、未夜はぽかんとした表情になった。
「え、え~、いいじゃんいいじゃん」
さっきまでの余裕は消え、子供っぽく焦る未夜。
「駄目だ。っていうか明日学校だろ」
「む~」
こ、これは助かったのかな?
駄々をこねる未夜とそれを諭す勇にぃ。
二人の様子を見るに、あくまで勇にぃにとって未夜はまだ妹分ってことか。
一番近い距離感を手にしたけれど、距離感が近すぎてそれが逆に障壁になってしまっているってところかな。
これからは朝華に加えて未夜もライバルになった。勇にぃを巡る三つ巴の戦いを制するのはあたしだ……!
*
お知らせ。
第4巻の刊行情報が解禁されました。
第4巻は4月25日発売です!
お待たせしすぎてしまい申し訳ありませんでした!
カバーイラストや特典情報はまだ解禁できませんが、4巻も特典もりもりになりそうな予感……
さらに4巻から外神夕陽が本格登場するということは、もちろん彼女のイラストも登場するよねぇ……
すでに作者は外神夕陽のキャラデザを頂いているのであった……
お楽しみに!
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