第212話 鉄壁の聖女
1
水曜日。
「じゃ、お疲れ」
「お疲れ様でーす」
「お疲れ様でーす」
「お疲れ様でーす」
部活の練習を終え、シャワーを浴びて身支度を整えてから〈ムーンナイトテラス〉に急ぐ。
「はぁ、はぁ」
昨日は未夜がいたから、勇にぃと箱根旅行の続きをすることができなかった。今日はいつもより早めに終わってまだ八時前だから、急ぐ必要もないんだけど、何かしら胸騒ぎがするあたしだった。
未夜もしょっちゅう入り浸ってるとはいえ、さすがに毎日〈ムーンナイトテラス〉に通うことは稀だ。
「眞昼ちゃん、いらっしゃい」
「いらっしゃいませ」
おじさんとおばさんに軽食の注文をし、二階の勇にぃの部屋に向かう。
「おう、眞昼か」
「眞昼、お疲れ~」
「あ、うん。お邪魔するね」
勇にぃと未夜は、今日もベッドの縁に並んで座っていた。今日はゲームではなく、映画を観ているらしい。
「勇にぃ、眞昼も来たし最初からにしようよ」
「そうだな」
「あっ、悪いって」
「いいんだよ。ちょうど五分くらい前に観始めたばかりだからな」
そう言って勇にぃはリモコンを手に取る。
「そうなんだ」
あたしはさっと部屋を見回す。
勇にぃと未夜はベッドの縁に座っているが、重要なのはその順番。勇にぃがあたしから見て奥の方に座っている。二人の手前にはテーブルがあり、あたしは自然な流れではそのテーブルの前、二人から見て斜め右の場所に座らなくてはいけない。
勇にぃの横に座りたいけど、そうするためにはわざわざテーブルを迂回していかなくちゃいけないわけで、そんな不自然な動きはしづらいな。
未夜、まさかそんなことまで考えて勇にぃを奥に座らせた……なんて、何を考えてるんだあたしは。
いくらなんでも、座ってる場所くらいでそんな深く考えることはないじゃん。
朝華が来る土日までに勝負を決めなきゃいけない焦りで、ちょっと過敏になってるのかも。
テーブルの前に腰を下ろし、あたしは二人と一緒に映画を観た。
しかし、内容なんて話半分にしか入ってこない。
まずいな。
今日も未夜がいるとなると、勇にぃと親密(?)な接触はできない。明日またチャンスはあるか?
もし未夜が明日も来てたら、残されたチャンスは金曜だけ……?
その時、未夜の横顔に妖しい笑みが浮かんだような気がしたのは、きっとあたしの気のせいだろう。
*
翌日も未夜は〈ムーンナイトテラス〉に来ていた、というよりあたしが到着していた時には未夜も勇にぃも外食に出かけていたようで、勇にぃの部屋で二人の帰りを待つことになった。
二人が帰ってきたのは九時を少し過ぎた頃。
「待たせたな、眞昼」
「いや、大丈夫」
二人はお寿司屋さんに行ってきたようで、お土産の包みをあたしにくれた。
「はぁ、お腹いっぱいで動けないや。苦しぃ」
未夜は勇にぃのベッドの上で丸くなる。
「ったく、十五皿も食うからだぞ」と勇にぃは笑う。
「だってぇ、人のお金で食べる寿司は無限に入るんだもん」
「十五皿で打ち止めだったじゃねぇか」
お土産にもらったお寿司を食べながら、あたしは今後のことを考える。残されたチャンスはもう明日しかない。
勇にぃだって、あたしのことは意識してるはずなんだ。二人きりになれば、お互い箱根の続きの雰囲気になるはずなのに、未夜がいることで上手いこと場の空気が日常の空気になってしまっている。
「ちょっとトイレ行ってくる」
勇にぃが部屋を出ていく。
あたしと未夜は二人きりになった。
「み、未夜さ――」
「ふふ、駄目だよ眞昼」
未夜は丸まったままこちらに視線を向けた。どこか色気があり、それでいて勝ち誇ったような表情。未夜のあんな顔を見るのは初めてだ。
「勇にぃは渡さない」
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