第210話 クソガキ強化合宿 その1
1
十二月二十一日の金曜日。
給食を食べ終え、生徒たちは掃除の時間に入る。来週の月曜日が祝日のため休みになり、火曜日は終業式で翌日から冬休みに突入するので、年内最後の掃除は大掃除となっていた。
机を全て廊下に出し、黒板やロッカー、窓ガラスなど教室全体をきっちり掃除し、最後の仕上げにワックスがけもするのだ。
「もう少しでお楽しみ会だけど、未夜ちゃんたちは何やるの?」
友人に聞かれ、未夜は箒で床を掃きながら、
「私たちはねー、アイドルだよ」
「へぇ。アイドルかぁ」
「眞昼と朝華と一緒に、歌って踊るんだ」
「凄いなぁ」
目を丸くしながら素直に感心するクラスメイトの後ろで、芹澤日輪はふんと鼻を鳴らした。
「へん、俺たちのコントの方が百万倍も凄いに決まってるぜ」
芹澤は腕を組んで得意げな顔になる。
「なんたって俺たちは毎日けいこをしてるからな」
「あたしたちだって毎日練習してるぞ」
乾拭きをしていた眞昼が立ち上がって言う。
「ふっふっふ、俺たちなんかネタと台本をお笑いが大好きな大人に書いてもらってるんだぜ」
「ふん、あたしたちだって歌とか振り付けとかを子供が大好きな大人にレッスンしてもらってるもんね」
眞昼と芹澤の間に火花が散る。
「じゃあ勝負しようぜ。お楽しみ会が終わったあとに俺たちのコントとお前らのアイドル、どっちが凄かったかみんなに聞いて、勝った方が勝ちだ」
「いいだろう」
眞昼が頷く。その横で未夜とクラスメイトの子はひそひそ言う。
「ねぇ、勝った方が勝ちって当たり前じゃない?」
「ちょっと変だね」
「よし、未夜。絶対に負けられないぞ」
「え? あ、うん」
「おーい、朝華ー!」
机を廊下に運んでいた朝華は眞昼の声を聞いて教室に戻ってくる。
「何ー? 眞昼ちゃん」
「いいか、朝華。お楽しみ会は絶対に負けられない戦いになった」
「?」
「あたしたちと芹澤の決戦なんだ」
「……?」
2
「勇にぃ」
「勇にぃ」
「勇にぃ」
「おう、来たかおめーら」
今日は終業式だったので、午前中に帰宅した俺はクソガキたちがやってくる前にやることを全て済ませ、残る時間をこたつでのぬくぬくに充てていた。
「さて、じゃあ今日も先にレッスンをするか」
ここ数日、クソガキたちは遊ぶ前にアイドルレッスンをするのが日課になっていた。お楽しみ会で披露する出し物として、こいつらはアイドルを選んだので、そのレッスンの手伝いや衣装の手配を俺がしてやっているのだ。
いわばプロデューサーである。
「そうだ、未来さんが衣装合わせしたいっつってたぞ」
「衣装できたんですか?」
朝華が聞く。
「細かいところを調整したいから実際に着てほしいって」
「そういえばお母さんがそんなこと言ってたような」
未夜はみかんを食べながら言った。
「それより勇にぃ」
眞昼が俺の横に座ってくっつく。
「なんだ?」
「勇にぃ、明日休み?」
「土曜だから休みだぞっていうか、俺はもう冬休みに入ったからしばらくずっと休みだ」
「いいなぁ、もう冬休みかぁ」
未夜はお茶を啜りながら言う。
「じゃあさ、勇にぃ。あたしたち、合宿したい」
「合宿?」
いきなり何を言い出すんだこいつは。
「アイドルの力をもっと上げるために、合宿をするんだ。朝から晩まで」
「どこでやるんだよ」
「私の家です」と朝華。
まぁ、朝華の家なら広いしこいつら三人が泊まっても大丈夫だろう。
「……そりゃ、好きにしろとしか言えんが」
「勇にぃも合宿するんだぞ」
「何をっ!?」
「勇にぃも合宿しましょう。お父さんに聞いたらみんなお泊まりしていいって言ってました」
「そりゃ未夜と眞昼のことだろ」
「勇にぃのことも聞いておきますから」
朝華が懇願するように言う。
「いやでも」
「この前もうちに泊まったじゃないですか」
「いやあれは台風で帰れなくなったから仕方なく――」
「勇にぃ」
「勇にぃ」
「勇にぃ」
クソガキたちが俺を取り囲んで手や服を引っ張りながら恫喝するので、しょうがなく承諾することに。
「あーもう、分かった分かった」
面倒くさいことこの上ないが、こいつらにアイドルをやることを勧めたのは俺だし、責任取ってちゃんと面倒見てやるか。
2
クソガキたちがお隣の春山家で衣装合わせをしているうちに、俺は寝袋や下着などの着替えを準備した。
「何よ勇。あんたどこか行くの?」
母が部屋を覗いて言った。
「あー、ちょっと今日は泊まりでな」
「え? だ、誰? まさか女の子!?」
「違ぇよ。あいつらがお楽しみ会のレッスンのために朝華の家で合宿するっていうから仕方なく付き合ってやるんだよ」
「はぁ、なんだ」
母の表情から好奇心が瞬時に消える。
「源道寺さんには許可取ってるの?」
「朝華が取ったみたいだ」
「ふうん。じゃ、菓子折りでも持っていきなさいね」
「おう」
そうこうしているうちにクソガキたちが戻ってくる。
「勇にぃ、終わったよ」
「衣装はぴったりでした」
「そうか、よかったな」
未夜だけ大きなリュックサックを背負っていた。お泊まりの荷物だろう。
「勇にぃ、準備はできたか?」
「できたけど、本当に合宿するのか?」
「当たり前だ。芹澤たちより凄い出し物をするためには、地獄の合宿を乗り越えないといけないんだ」
「地獄なのかよ」
「地獄だ」
眞昼がぎゅっと握りこぶしを作ると、未夜と朝華も気合十分な顔つきになって、
「うん」
「そうです」
同じようにこぶしを握り締めた。いったい何がこいつらをつき動かしているのだろう。お楽しみ会なのだから、楽しくやればいいのに。
たぶん『合宿』という言葉の響きに酔ってるだけだな、これは。
「というか未夜。お泊まりなんてして大丈夫なのか? お前、幼稚園の頃お泊まりほい――」
「わぁー、うるさいうるさい!」
未夜の小さな手が俺の口を塞ぐ。
「お泊まり保育ですか?」
「あたしたちの時は台風で中止になったぞ」
「そう、中止になったから余計なことは言わなくていいの」
未夜がぎろりと睨むので、彼女の名誉のために心の奥底にしまっておくことにするか。
「分かった分かった。それじゃ、もう行くか?」
「うん」
「うん」
「はい」
俺たちは〈ムーンナイトテラス〉を出発し、まずは龍石家へ寄って眞昼のお泊まり用の荷物を回収すると、目的地である源道寺家へ急いだ。
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