第211話  クソガキ強化合宿 その2

 1



 源道寺家に到着し、俺たちはさっそくレッスンを始めることに。


 華吉さんもいたのだが、俺たちが来てすぐに出かけてしまった。どうやら仕事で忙しいらしく、明日まで帰れないという。また朝華の母も仕事で家を空けており、華吉さんが言うには二人ともクリスマスとクリスマスイブを朝華と過ごすために仕事を頑張って片付けてくるのだそうだ。


「さて、じゃあとりあえずいつも通りレッスンをするか」


 披露する『シンデレラ』の曲のインスト版をラジカセで流し、クソガキたちはそれに合わせて歌って踊る。


 朝華の部屋は広いので、家具を隅に移動させなくても十分なスペースを確保できた。


「よしよし、ズレもないしタイミングもいいな」


 レッスンを始めて今日で五日目。


 そこそこの動きになってきている。運動神経のいい眞昼は初日からダンスを完コピできていた。未夜と朝華も最初はお遊戯会レベルだったのだが、一緒に踊っている眞昼に引っ張られたのか、少しずつ上達し、今では三人の息はぴったりである。


 懸念事項だった歌いながら踊る、というところも問題ない。比較的簡単なダンスの曲を選んだのが功を奏したか。


 正直この仕上がりなら合宿なんてしなくてもいいと思うのだが。


 しばらくダンスレッスンを続け、休憩をはさんでまたレッスン。そんな中で――


「ダメだ!」


 眞昼が突然声を上げる。


「なんだ? いい感じだったぞ」


「勇にぃ、分かってないねぇ」


 やれやれといった調子で未夜が言うと、朝華も芝居がかった口調で、


「私たちは、地獄を乗り越えないといけないんです」


 と呟く。


「……いったい何のために」


「芹澤たちのコントに勝つためには、地獄の合宿をやらなきゃいけないんだ。よーし、腕立て伏せ百回だ」


 眞昼がそう叫ぶと、未夜と朝華は「おー」と声を揃えた。


 突然腕立て伏せを始めるクソガキたちを横目に、俺は息をついた。


 子供時代の男の子と女の子は基本的に相容れないものだ。クラスメイトの芹澤という少年たちとの関係性は俺には知る由もないし、彼らの出し物であるコントに対抗意識を燃やしているのは分かるが、こいつらはを履き違えてしまっている。


「じゅーう、じゅういーっち。ああ、もう駄目だー」


 未夜が脱落する。


 腕立て伏せ百回という大それた目標を小学一年生の女児が達成できるはずもなく、朝華は十三回、眞昼は二十二回でギブアップする。


「はぁ、はぁ」


「眞昼、つ、次は?」


「何するの?」


「つ、次は、またダンスレッスンだ」


「おー」

「おー」


 たっぷり汗を流しながらダンスと筋トレを繰り返すクソガキたち。


「はぁ、はぁ、ちょっと、休憩しない?」


「何言ってんだ未夜。地獄の合宿に休憩なんてないぞ」


「ねぇ、エアコンの暖房を強くして部屋を暑くしたらもっと地獄にならないかな」


 さらっととんでもないことを言う朝華。


「それだ、朝華」


「それだ、じゃねぇ。そんなことしたら死んじまうぞお前ら。休憩はちゃんととって水分補給もしろ」


「でも勇にぃ、地獄の合宿が――」


「お前らは大事なことを忘れてる!」


「大事なこと?」

「大事なこと?」

「大事なこと?」


「お前らがアイドルをやる目的はなんだ?」


「芹澤たちに勝つためだ」


「うん」

「そうです」


「はぁ。あのな、最初の動機はたしかに芹澤って子たちのコントより凄いのをやりたいってものだったけど、そもそもこれはの出し物なんだろ? 勝ち負けにこだわるより、クラスメイトのみんなを楽しませることが一番大事じゃないのか?」


「!」

「!」

「!」


「男子に負けたくないって気持ちも分かるけど、二学期の最後にみんなが楽しみにしてるお楽しみ会なんだ。それをギスギスした感じでアイドルをやってもクラスメイトの子たちはそれを楽しんでくれるのか? 一度しかない二学期のお楽しみ会。クラスメイトを楽しませて、そんで自分たちも楽しまなきゃ損だぜ」


 まるでスポーツ漫画の主人公が大コマでクサいセリフを言った時のような空気が流れ、クソガキたちはハッとした顔つきになる。


「頑張ることも大事だけどな、『楽しくいこうぜ』ってことさ」


「そうだ、あたしが間違ってた。お楽しみ会は、楽しくやるんだ」


「眞昼」

「眞昼ちゃん」


 三人は顔を見合わせ、感極まった表情に。


「未夜、朝華。もう地獄の合宿は終わりだ」


「うん」

「うん」


「楽しい合宿に変更するぞ」


「おー」

「おー」


 やれやれ、手のかかるクソガキたちだぜ……!



 2



 テレビ画面の中で大乱闘するキャラたち。


 お手伝いさんたちが作ってくれた豪勢な食事を食べ終え、俺たちはゲームを楽しんでいた。


「よし、今だ朝華。ふっとばせ」


「勇にぃから狙えー」


「うん。えい」


「あ、あぁー糞」


 彼方へ吹っ飛ばされていく俺のキャラ。


「っていうか、お前ら。練習はしなくていいのか」


「だってさっき地獄の合宿は終わりって言ったじゃん」と眞昼。


「いや、それはあくまで意識の問題で、いつもよりたくさん練習するためにわざわざ朝華の家に泊まったんだろ?」


「でももうお腹いっぱいで動きたくないや」


 未夜が言う。


「あとはゲームして遊びましょう」


 膝の上に乗った朝華が俺を見上げる。


 ったく、これじゃあただのお泊まり会だろうが。


「七時かぁ。そろそろお風呂入ろう」


 未夜がぐぐっと伸びをする。


「おー、行って来い」


「勇にぃは入らないのか?」


 眞昼が聞く。


「おめぇらのあとで入るよ」


「一緒に入りましょうよ」


 俺の手を朝華が引っ張る。


「馬鹿、一緒に入るわけねぇだろうが」


「台風の時は一緒に入ったじゃないですか」


「いや、それは」


「勇にぃ、朝華と一緒にお風呂入ったの?」


「うん」


「変な誤解すんなよ? あれはだな――」


「変なって何?」


「なんか変なのか?」


 未夜と眞昼は不思議そうな目で俺を見る。


「あっ、いや――」


 大人の男と子供の女の子が一緒にお風呂に入ることは、家族を除けば一般的には変だとは思うが、こいつら自身はそれを自覚していないのか。


 信頼されている、ということなのか、それとも本当に無自覚なのか……


 それを意識してしまうのは俺が大人だからで、そこに生じる変な意味ロリコンをこいつらが理解できなくてもおかしくはない。


 別に俺はロリコンではないが、そういう区別はしっかりつけておかなくてはいけない。


「あっ、今日は水着持ってきてないよね」


 朝華が言う。


「水着?」

「水着?」


「前、勇にぃと一緒にお風呂入った時、なんか知らないけど水着を着ないとダメって言ってた」


「なんで?」

「なんでだ?」


「そりゃ、お前らも一応女の子だからな。裸を男に見られたら恥ずかしいだろ?」


「あー」

「なるほど」


「だから駄目だ」


「別にあたしは気にしないけどな」


「俺が気にするんだよ。さっさと入ってこい」


「はーい」

「はーい」

「はーい」


 そうして俺は約一時間後、クソガキどもの残り湯に浸かったのであった。



 3



「そろそろ寝るか」


 時刻は九時半を回った。


 結局入浴が終わったあともお菓子を食べながらゲームパーティーを楽しんだクソガキたち。歯磨きとトイレを済ませ、ベッドの掛布団に潜り込む。


「勇にぃはここです」


 右端に寝ている朝華が自分の横のスペースをポンポン叩く。


「いや、俺は別の部屋で寝た方が」


「えぇ、なんでですか?」


「なんでって――」


「台風の夜は一緒に寝てくれたじゃないですか」


「いやそれは……ああもう、分かったよ」


 ここまで来たらこいつらに付き合ってやるか。


 朝華の隣に潜り込む。すると、


「……あたしも勇にぃの横がいい」


 そう言って左端にいた眞昼が俺の真横に移動し、くっついてきた。


「え? じゃあ私も」


 そう言って未夜は立ち上がるが、もう俺の横は眞昼と朝華が陣取ってしまっている。


「んー、じゃあここ」


 なんと未夜は足の方から布団に潜り込み、俺の胴体の上を這いずってきた。未夜は俺の上半身まで到達すると、うつ伏せのままそこに落ち着いてしまった。


「お、おい未夜。お前なんでそんなとこに」


「ここしか空いてなかったんだもん」


「四人でくっついてあったかいですね」


 朝華は満足そうな顔をする。


「電気消していい?」


 眞昼がリモコンを手にする。ややあって、照明はオレンジ色の弱い光になり、室内は淡い闇に包まれた。


 ふかふかのベッドと掛布団、そして右に朝華、左に眞昼、上に未夜。完全にクソガキたちに包囲されてしまった。


「もう眠いや、おやすみ」


 誰にともなく未夜がそう言うと眞昼と朝華も声を揃えて、


「おやすみ」

「おやすみなさい」


「はぁ……おやすみ」


 三匹のクソガキに密着されながら、地獄の合宿の夜は更けていった。


「……重いし暑い」



 *



 お知らせ。


 オーバーラップバレンタイン企画に今年もクソガキが参戦します!


 主役を務めるのは朝華!


 非常にけしからんグッズが登場したってばよ。


 限定商品なので、朝華推しはこの機会をお見逃しなく!


 詳細は私のツイッターかオーバーラップストアのサイトまで……!

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