第208話  夜の鎖

 1



「眞昼ってさ、勇にぃのこと好きなの?」


「……え?」


 未夜は一歩あたしの方へ歩み寄る。


「な、なんで?」


「朝華から聞いた」


「そ、そう」


 落ち着け、あたし。


 今さら未夜に聞かれたところで、何も問題はない。


 あたしが勇にぃのことを好きだってことを未夜に知られたとして、あたしがそれを理由にアタックを躊躇することはないんだから。


 そりゃ、今までのあたしだったら未夜の目を気にしたり、恥ずかしがったりするかもだけど、あたしはもう吹っ切れたんだ。箱根で勇にぃに胸を触らせることまでしたあたしに、怖いものなんかない。


 もうあたしの勝ちはほぼ決まっている。朝華が富士宮に帰省できない平日の内に二人きりの状況さえ……あっ。


 そうか、そういうことね。


 おそらくだけど、未夜も勇にぃのことを好きなんだ。だから、あたしが勇にぃを好きなことを未夜にリークすることで、未夜がそれに嫉妬してあたしの障壁になるようにそそのかしたって感じかな。


 自分が神奈川にいる間、あたしが自由に動けないように、勇にぃを巡る戦いに未夜を引きずり込んだのか。


 でもそれは朝華にとっても諸刃の剣。


 あたしのライバルが一人増えるってことはそれはそのまま朝華のライバルにもなるわけだけど、正直言って、あたしが有利な状況に変わりはない。


「そうだよ」


 あたしはあえてはっきり言った。


「ふーん」


 思ったより未夜の反応が薄いな。あたしの考えすぎか?


「未夜はどうなの?」


「どうって、何が?」


「勇にぃのこと、好きなんじゃないの?」


 未夜は一瞬だけ真顔になるとすぐに頬を赤くして俯いた。


「わ、私は――」


「好きなんだ」


「……」


 このうぶな反応、ちょっと前のあたしを見てるみたい。


「……」


「……」


 無言の時間が流れる。


 駄目だよ、未夜。


 もうんだ。


 あたしと朝華がこれまで勇にぃを巡って熱い戦いを繰り広げてきたことを、この天然娘は知らないのだろう。湘南の別荘の時も、誕生会の時も、そして箱根旅行の時も……


 今さら気づいて参戦したところで、もう勝負は八割方ついちゃってるんだ。恋愛にシード権なんてないから、遠く離れたところで争ってるあたしたちの場所まで、未夜は追いつけないよ。


 あとはあたしが朝華の邪魔の入らないうちにじっくり勇にぃを落として、それで勝負あり。


 悪いね、未夜。


 勇にぃと結ばれるのが一人である以上、あたしは未夜や朝華相手でも本気で勝ちに行く。


 未夜は何も言わず、じっと虚空を見つめている。


 あたしと未夜の間に流れる無言を断ち切ったのは、勇にぃだった。駆け足で〈ムーンナイトテラス〉からやってくる。


「待ったか?」


「遅いよ、勇にぃ」


 あたしが言うと、勇にぃはすまなそうな顔をして、


「いやぁ、鍵がいつもの場所になくて、ちょっと捜してた」


 そしてあたしたちは勇にぃの車に乗り込み、家へ送り届けてもらった。



 2



「眞昼、勇にぃのこと好きだったんだ」


 私はベッドに横になりながら、天井を見つめていた。


 ショックといえばショックだけど、でもそんな気はしてた。


 だって、眞昼の勇にぃに対するスキンシップはけっこう激しいものがあったし、勇にぃのことを好きっていう前提でこれまでの眞昼を振り返れば、いろいろと腑に落ちる。


 そしてきっと、朝華も……


 自分でいうのもあれだけれど、私ってけっこう嫉妬深い性格をしてる。その自覚はある。


 これまで、眞昼や朝華が勇にぃに過度なスキンシップを取ったりしてるのを見ると嫉妬心が爆発しそうになることがいくつかあった。


 それなのに、今の私の気持ちはとても落ち着いていた。


 眞昼が勇にぃのことを好きだということを知っても、激しい嫉妬の気持ちにはならない。穏やかで、落ち着いていて、自信に満ちている。


 それはきっと、確信してるからだ。


 勇にぃと結ばれるのが一人しかいないのであればそれは私以外にあり得ない、と。


 私は確信している。


「ダメだよ、眞昼。勇にぃは渡さない……」


 私と勇にぃは、どちらかが死んだら一緒に死ぬって約束した仲なんだから。

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