第207話  伏兵

 1



「眞昼?」


 振り向くと、そこには未夜がいた。


「なんだ、未夜か。どうした?」


「いや、その……はい、お土産」


 紙袋を手渡された。どうやら箱根旅行のお土産のようだ。


「ありがと……って、あたしも箱根に行ったから別によかったのに」


「はは、たしかに」


「でもありがとね」


「うん。あの、眞昼さぁ」


「ん?」


 未夜は両肘を抱きながらぎこちない顔を作る。なんだろう、何かあったのかな。


「なんだよ、なんか相談? 食堂行く?」


 昼休みも後半に差し掛かった今の時間なら食堂も空いてるだろう。


「いい。眞昼って、あのさぁ」


「何?」


「……」


 ちょっと顔を赤らめ、斜め上を見る未夜。深刻そうな雰囲気ではないが、やはりあたしに何か話したいことがあるようだ。


「やっぱいい」


 そう言って未夜はあたしの横を駆け抜けていった。


「なんだ?」


 まぁ、未夜のことだからたいした用事ではないだろう。それより、勇にぃに会ったあとの流れを考えておかないと。好きにしていいって言っちゃったし、きっと勇にぃも意識はしてるはずだから。



 2



 部活を終え、シャワーを浴びてから帰路に就く。今日も疲れた。


 時刻は午後八時前。


 すっかり暗くなった秋の空には、星が点々と煌めいている。


 向かう先はもちろん〈ムーンナイトテラス〉だ。


「こんばんは」


「あら、眞昼ちゃんいらっしゃい」


 閉店後の店内でおじさんとおばさんがコーヒーを飲んでいた。


「毎日遅くまで大変ねぇ」


「もう予選が近いですから」


 来月からいよいよ春高の予選が始まるのだ。


「今年もみんなで応援に行くわね。勇もいるし」


「へへっ、ありがとうございます」


「あ、何か食べてく? お腹空いてるでしょ」


「えっと、ナポリタンお願いします」


「はーい。ほらあなた、注文よ」


「うむ」


 おじさんがキッチンの方へ向かっていく。


「勇は二階よ。あと未夜ちゃんも来てるわ」


「はーい」


 未夜も来てるのか。それじゃあ今日は勇にぃに触らせてあげられないかな。


 二階に上がり、勇にぃの部屋へ。


「おじゃまー」


「おう、眞昼か」


「眞昼」


 勇にぃと未夜はベッドに並んで腰かけてゲームをしていた。


 荷物を入り口の横に置き、二人の斜め向かいのテーブルの前に腰を下ろす。ちょうど対戦が終わったようでリザルトの画面がテレビに流れた。


「あー、あそこでカウンターか」


 背中からベッドに倒れこむ未夜。勇にぃのキャラが当身を使って未夜のキャラのHPをゼロにしたのだ。


「ふふふ、未夜。負けた方が飲み物のおかわりを持ってくる約束だったな」


「むむむ」


 しぶしぶ立ち上がり、部屋を出ていく未夜。勇にぃと二人きりになったので、さっそくアタックしてみるか。


「勇にぃ」


 あたしはジャージのファスナーを半分開け、胸の谷間を露出させる。未夜が座っていた場所に座り直し、勇にぃに体を向けた。


「おわっ」


「箱根であたしが言ったこと、憶えてる?」


「そ、そりゃ、もちろん」


「朝華の誘惑に負けないで帰ってこれた?」


「……ああ」


「そっか」


 沈黙が流れる。無言の時間だけど、気まずい空気ではない。むしろ、お互いに何かを期待しているような感じだ。勇にぃもきっとそういう気持ちだと思う。


「それじゃ――」


 と、あたしが言った時、階段を上がる音が耳に届いた。あたしはファスナーを元に戻す。ややあって、未夜がトレイに三人分の飲み物とあたしのナポリタンを乗せて戻ってきた。


「お待たせ。はい、眞昼。ナポリタン大盛とコーラ」


「ありがと」


「ナポリタン一皿で足りるのか?」


 勇にぃが聞いてきた。


「これはあくまで前菜。家に帰ってからが本番だもん」


「ま、お前がそんだけで足りるわけないわな」


「眞昼は本当によく食べるねぇ」


「うるへー」


 それから三人でゲームをし、九時過ぎに解散となった。勇にぃが車で送ってくれるというので連れだって外に出る。


「うぅ、さぶっ」


 強い風が吹き付け、未夜が縮こまる。


「あれ? 勇にぃ開かないよ」


 助手席のドアノブに手をかけたのだが手ごたえがない。


「あっ、鍵忘れた。ちょっと待ってろ」


 お店の方に引き返す勇にぃの背中を見ながら、あたしは確信する。


 ふふ、これは完全にあたしのターンだ。朝華は土日しかこっちに来られないから、あたしのアタックを邪魔する脅威はもういない。


 あとはあたしが勇気を出して、勇にぃに胸を触らせてあげれば……


 正直めちゃくちゃ恥ずかしいけど、恋人同士になったらそういうことは当たり前にするようになるんだから、早いか遅いかの違いでしかないよね。


 勇気を出せ。


 あたし。


 勝利はもう目の前なんだ。二人っきりのチャンスさえ作ってしまえば……


 ふふ、悪いね朝華。


「ねぇ、眞昼」


 未夜があたしを呼んだ。振り返ると、未夜は昼休みの時と同じように肘を抱き、斜め上をぼんやりと眺めていた。


「ん?」


 未夜はあたしの方へ視線を転じる。


「何? 未夜」


「眞昼ってさ、勇にぃのこと好きなの?」


「……え?」

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