第206話  勝ち確?

 1



 箱根旅行の翌日。


 冷たい秋風を受けながら、俺は朝の掃除を始めた。テラス席を箒で掃きながら考えることは、朝華と眞昼のことだった。


 俺にとっての最優先事項は眞昼と朝華が俺を巡って対立し、仲が悪くならないようにすること。


 しかし、状況は俺が思っていたより進んでいた。二人は互いが恋敵であることをすでに知っていたのだ。


 少なくとも俺の目から見た限りでは、二人の仲は悪くなっているようには見えなかったけれど、実際のところはどうなのかは分からない。


 眞昼も朝華もいい子だ。


 子供の頃から知っている身としては、俺なんかのために争ってほしくはないのだが……


「……」


 そんなことを思いつつ、それはただの綺麗ごとなのではないか、と密かに感じる俺もいた。


 箱根の夜。


 朝華は再び俺をきた。男女が過ごす夜の時間へ。


 現役の女子高生とそんなことをできるはずもなく、しかも幼い頃を知っている妹のような存在の朝華だ。


 これまでの俺はあれこれ理由をつけ、朝華の誘惑をいなしてきたが、あの時俺は気づいた。俺は、に気づいてしまったのだ。


 朝華と過ごす蜜月の夜を。


 湘南の夜に味わいそびれた、朝華の体を。


 認めたくはなかった。


 だが、俺は意識をしていたのだ。


 朝華のことを、一人の女として。


 そしてそれは同時に、眞昼に対しても言えることだった。


 眞昼からラインがあり、宿を抜け出して彼女に会いに行った。その時、俺は確かに感じた。朝華へ抱いたあの気持ちを、眞昼と会った際にも感じていたことに気づいてしまったのだ。


 この気持ちはなんなのだろう。


 恋?


 それともただの情欲?


 眞昼は朝華の誘惑に耐えて帰ってきたら、好きにしていいよ、と言っていた……


 あの大きな胸を自由に……


「……」


 彼女たちに抱いている感情は、社会人である俺が抱いてはいけないもの。


 しかも、しかもだ。


 俺は二人同時に同じような気持ちを感じてしまっている。


 股をかけるような腐った性根は持ち合わせていない、というのが俺の自負だが、いっそのことそんなクズ男になれたら楽になれるのかもしれない。



 2



「――ってわけでさ、なんとか接触は成功したよ」


「すごいですね。まさか成功するなんて。眞昼先輩のアクティブさと我慢強さはちょっと真似できないレベルです」


 月曜日。


 夕陽と眞昼先輩はいつものように中庭で作戦会議を行っていた。


 今日の議題は土日の箱根合宿について。眞昼先輩と恋敵の女の子、そして二人が恋する男の子の三人に何があったのか。そして眞昼先輩の作戦は成功したのか。


 眞昼先輩の作戦……まぁ、作戦というほど込み入ったものではないかな。


 それは簡単に言ってしまえば、恋敵の女の子が男の子と夜の時間をしっぽり過ごす前に眞昼先輩が男の子と密会し、そのばいんばいんな体で男の子を魅了して、意識させるというものだった。


 眞昼先輩のダイナマイトボデーの誘惑を食らった男の子は、恋敵の女の子と一緒にいても眞昼先輩のことを意識してしまい、場の雰囲気に流されてえっちなことにはならないだろう。


 この策は二人きりで会う、というのが肝である。


 恋敵の子も一緒なら過度な誘惑などできないし、強引にやろうとすれば修羅場になってしまうからだ。


 相手の女の子に悟られず、修羅場も起こさない、というのが大前提となるため、簡単そうに見えて実は非常に難しい。


 二人きりで会える機会をいかにして作るか、が難題だったのだが眞昼先輩はそれをひたすら待つことで達成してしまった。


 箱根の寒空の中で意中の男の子が一人になるチャンスが来るまで待つなんて、なんという忍耐力だろうか。


 眞昼先輩って目的のためならどんなことでも我慢できるのが凄いよ。告白の返事を聞くのが怖いって、うじうじしてたのが嘘みたい。


 一度吹っ切れたらとことん行くタイプなのかな。これは夕陽が舵取りしてあげないと本当に危険な気がする。


「ちなみにこれは好奇心で聞くんですが、眞昼先輩はどんな誘惑をしたんですか?」


「へ?」


「ライバルの子へ心が揺れ動くことを防ぐために、意中の男の子にどんなことをしたのか気になります」


「いや、それは――」


 眞昼先輩は分かりやすく顔を赤くし、俯く。何、この可愛い生き物。


「恥ずかしいから言いたくない」


「夕陽はここまで眞昼先輩のサポートに徹してきたんですから、知る権利があります」


「うっ……」


「それに今後の助言をする上でも、どんなやり取りがあったのかは把握しておきたいです」


 眞昼先輩はただでさえ赤くなっていた顔を耳まで赤くしながら、


「えっと、相手の子の誘惑に耐えきれたら、その、ご、ご褒美っていうかさ……」


「ご褒美?」


「む、胸をさ……す、好きにして――」


「胸……あっ!」


「と、とにかくそんな感じだから。じゃあね」


「あっ、ちょっと眞昼先輩。まだ詳細を聞いてません!」


「もうお昼休み終わっちゃうや」


「まだあと二十分もありますが!?」


 眞昼先輩は素早く立ち上がると、陸上部よりも速いダッシュで校舎に逃げていった。

 


 *



「はぁ、はぁ」


 そうだよ。


 あげなきゃいけないだ。


 勇にぃに、ご褒美として。


 朝華の誘惑に耐えることができたら、あたしの胸を好きにしていいって言っちゃった。


「どうしよう」


 あたしは後悔はしていない。


 でも、心の準備ができているかというとそれもまだなんだけど……


 ど、どうしよう。本当にどうしよう。


 いつにするんだろ。勇にぃはもうそのつもりなのかな。


 今日、帰りに〈ムーンナイトテラス〉に寄って、そのまま勇にぃの部屋で……?


「……」


 な、なんか変な汗かいてきた。


 いつ勇にぃが求めてきてもいいように心の準備をしておかないと。


 あぁ、全国の舞台でプレーした時より緊張する。


 でもここさえ乗り切れば、あたしの勝ちだよね。


 朝華もしばらくの間は土日しかこっちに来られないだろうし、今がチャンスなんだ。


「眞昼?」


 廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。


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