第205話 クソガキは信じてる
1
十二月も下旬に入った。
身を裂くような寒さに悩まされる日々だが、人々の間に流れる空気は明るく、街は楽し気な雰囲気に満ちている。
というのも、
「クリスマス楽しみ!」
未夜がうきうきした顔で言った。
「朝華はプレゼント、何頼んだんだ?」
眞昼が聞くと、朝華は顔をほころばせて、
「新しいお洋服だよ」
「未夜は?」
「私はカブトムシのぬいぐるみ。眞昼は?」
「あたし? あたしはスケボー。やってみたかったんだ」
今日の分のアイドルレッスンを終え、コンビニにおやつを買いに行った帰り道。クソガキたちは楽しそうにプレゼントの話を始めた。
そう、今年最後の大イベントであるクリスマスがもうすぐそこまで近づいてきているのだ。
赤と緑のクリスマスカラーが街中を彩り、電飾で外壁を飾り付けた家もちらほら。サンタの人形やツリーなどが店先に立ち並び始め、一日に一度はクリスマスソングが耳に入るようになる。
「勇にぃはサンタさんに何頼んだの?」
未夜が純真な目で聞く。
「あ?」
全く、こいつらはまだサンタさんなどという子供だましを信じてるのか。
ま、小学校低学年ならまだ信じていてもおかしくはないな。これが高学年にもなるとむしろ「サンタさんに何頼むの?」と真面目に尋ねてくる親を「やれやれあんたがサンタだろ」といった目で見るようになるものだ。
ひねくれているわけではない。
子供は大人が思っているよりも存外早く成長するだけの話なのだ。
だがここでサンタの正体は親だぞ、ということをこいつらに伝えて夢を壊すのも可哀そうだ。そういうのは自分で気づいて傷ついていくのが大人への通過儀礼……
「未夜、勇にぃはもう子供じゃないからサンタさんは来ないんだぞ」
眞昼が言う。
「あっ、そっか」
「勇にぃ、可哀そうですね」
朝華が憐みの目を向ける。
「可哀そうな勇にぃ」
「ドンマイ、勇にぃ」
「……」
こいつら、今すぐサンタの正体を明かしてやろうか。
「あのなぁ、お前ら。サンタさんはいい子にしてる子供のところにしかやってこねぇんだぞ」
「そっか。勇にぃはいい子にしてなかったからサンタさん来なかったのか」
眞昼がいっそう悲しそうな目でこっちを見上げる。
「馬鹿っ、そういうことじゃねぇ。いいか、お手伝いをちゃんとやったり、宿題を忘れずにやったりだな――」
「私たち、いい子だもんね?」
未夜が言うと、眞昼と朝華は揃って、
「ねー」
「ねー」
「……お前ら、今までの行動をよぉく思い返してみやがれ」
「?」
「?」
「?」
「俺に悪戯をしまくったり、ドッキリをしかけたり、空き家に勝手に入って迷子になったりするようなやつらは果たしていい子と呼べるのかな?」
クソガキたちは真顔になる。
「そんな悪い子のところにサンタさんは来るのかなぁ?」
真顔から少し焦ったような表情に。
「あっ……勇にぃ、持ってあげます」
気づいたのか、朝華が俺の手からコンビニの袋を取ろうとする。
「おお、朝華はいい子だな」
「私も持ってあげるよ」
「あたしも。あたしたち、これでいい子?」
「あぁ、ちょっとだけいい子だ」
そうしてクソガキたちは三人で囲うようにしてお菓子の入った袋を持った。
「そうそう、それでこそいい子だ」
家に帰り着き、二階の俺の部屋へ。ちなみに〈ムーンナイトテラス〉でもクリスマス限定メニューが期間限定で発売中だ。売れ残った場合、数日の間俺の朝食とおやつが在庫処分になるのでしっかり売り切ってほしい。
「勇にぃ、肩揉んであげる」
おやつを食べ終えたところで、眞昼が俺の背後に回った。
「ん? なんだ急に」
「いいからいいから」
そう言って眞昼は小さな手で俺の肩を揉み始めた。どうやらサンタさんに来てもらうためにいい子として振る舞おうという腹積もりのようだ。
「どう? 気持ちいい?」
「んー、ああ、気持ちいいよ」
正直もう少し力を加えてもらいたいが、小一女児の握力ではこんなものだろう。
「私たちは飲み物持ってきてあげるね」
「待っててください」
せかせかと未夜と朝華が階下の店の方へ下りていく。
「至れり尽くせりだな」
少し脅かしすぎたかも、と思ったが普段俺が受けている扱いを考えるにこれぐらいがちょうどいいお仕置きになるだろう。
「勇にぃ、コーヒー持ってきたよ」
未夜がカップを、朝華がマドラーと砂糖を持ってきた。それを飲みながら、
「あぁー、なんか冷たいのも飲みたくなってきたなぁ。コーラ飲みてぇなぁ」
「頼んできます」
朝華が再び階下へ。
「眞昼、肩揉み交代するよ」
今度は未夜が俺の背中へ。眞昼は俺の横に座り、
「勇にぃ、食べさせてあげる」
お菓子を持って俺の口に運ぶ。
「あーん」
「あーむ。うん、美味い」
「あー、今度はみかんが食いたくなったなぁ」
「持ってくる」
眞昼はリビングの方へ行き、みかんを持ってきた。
「皮剥いてほしいなぁー」
「はいはい」
「薄皮もな」
「めんどくさっ」
「おん? そんなこと言っていいのか? いい子になるんじゃないのかぁ?」
「ぐぬぬ」
「コーラ、持ってきました」
「ありがとな」
「朝華もみかん剥くの手伝って」
「え? あ、うん」
そうしてクソガキたちからもてなしを受けたのであった。
2
暗くなったので、クソガキたちをそれぞれの家に送り届けることに。ちなみに未夜はお隣さんなので、俺と一緒に眞昼と朝華を家まで送る。
「あぁ、疲れた」
「まったく勇にぃは人使いが荒い」
「でもこれでいい子になれたと思うよ。ね、勇にぃ」
朝華が俺を見上げる。
「そうだなぁ。まぁ、これでひとまずは安心だろうな」
「やった」と未夜が飛び跳ねる。
「口の中が酸っぱいや」
眞昼が息をつく。
結局、こいつらは家にあるみかんを全部剥いてしまった。それを俺一人で食べきれるはずもなく、四人でみかん地獄を味わったのだった。このあと家に帰ったら俺はみかんを食いつくしたことで母に怒られるだろう。
「そうだ、お前ら家に帰ったらちゃんと宿題もやるんだぞ。宿題をやらない子は悪い子だからな。サンタさん来ねーぞ」
そう言ったのとほぼ同時に曲がり角から人影が現れた。
「あれ? みんな」
「あっ、光だ」と眞昼。
下村光はベージュのコートに身を包み、白いニット帽を被っていた。
「なんだ下村か」
「どこ行くの?」
「こいつらを家まで送り届けるんだよ。下村は?」
「私? 私はこれから自校だよ」
自動車学校の送迎バスの待ち合わせ場所に向かう途中らしい。
「今日から路上教習でさぁ、怖いんだよねぇ」
「もう仮免取ったのか。早いな」
「私はみんなよりちょっと早めに入校したからね。それより今日は何して遊んでたの?」
光はクソガキたちの方へ顔を向ける。
「それがさぁ」と口を開いたのは未夜。
「勇にぃにご奉仕して大変だったんだよ」
「皮も剥いてあげたしな」と眞昼。
「口の中が酸っぱいし、手にも匂いついちゃったよね」と朝華。
「え?」
「おい、お前らもっと分かりやすい表現を使え!」
「あ、有月くん、子供に何をさせてっていうか、皮……?」
「いや、マジで違うからな。そういうんじゃないから」
「こ、このロリコン!」
違うんだああああああああ。
*
その後、すぐに誤解は解けた。
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