第204話  虎の尾を踏む

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 眞昼ちゃんのことを舐めていたわけではない。


 むしろ眞昼ちゃんのポテンシャルを恐れていたからこそ、私はこの箱根旅行を計画したといっても過言ではないのだ。


 そもそも私と眞昼ちゃんではが違う。


 眞昼ちゃんは勇にぃと一緒に富士宮市で生活をしているためいつでも会うことができるが、私は神奈川の学校の寮にいるため土日、祝日ぐらいしか勇にぃに会うことができないのである。


 長引けば長引くほど、会える時間の少ない私が不利になってしまう。


 この大きなハンデを埋めるために、湘南旅行の時のように一気に勇にぃを落とす短期決戦の戦法を取ったのだ。


 誰の邪魔も入らない二人きりの温泉旅行。本来であれば、この旅行が始まった時点で私が勝つはずだった。


 しかし様々な不運が重なり、旅行は二人きりではなくなって、眞昼ちゃんも箱根の地まで追いかけてきた。


 でも、いくらなんでもこの旅行で眞昼ちゃんにできることなんてないと思っていたが、まさか私の隙をついて勇にぃに接触するとは。


 眞昼ちゃんの行動力を甘く見ていた。


 どうやって勇にぃに連絡をして私の目が届かないタイミングで密会の約束を取り付けたのか、その詳細は分からないが、私が勇にぃにずっと張り付いていれば防げた事故だ。


 もし勇にぃが眞昼ちゃんに会いに行く、もしくは眞昼ちゃんが会いに来る、ということを言い出しても、私が一緒についていって牽制できたし眞昼ちゃんも私がいるなら余計なことなどできなかっただろう。


 詰めが甘かった、と猛省する。


 未夜ちゃんを抑え込めたことで慢心していた。


 おかげで勇にぃは私たちが勇にぃを巡って恋の戦いを繰り広げていることを眞昼ちゃんから知り、もはやベッドイン、という空気ではなくなってしまった。


 しかも、眞昼ちゃんは勇にぃと会った時に何かをしたはず。


 ラインで送られてきたあの写真。


 眞昼ちゃんが勇にぃをその大きな胸で抱き留めているあの自撮り。


 あの時、勇にぃと眞昼ちゃんの間でどんなやり取りがあったのかは今になってはたしかめようがないし、そこはさほど重要なことではない。


 問題なのは、今回のことで露わになった眞昼ちゃんのアグレッシブさと行動力。


 私がいない平日の間で眞昼ちゃんをフリーにし続ければ、眞昼ちゃんはその積極性を存分に発揮してしまうだろう。


 だから、もうしょうがないよね。


 今まで警戒してきた、ある種最大の強敵。


 未夜ちゃんを引きずり込む。


 おそらくだけど、未夜ちゃんも勇にぃのことが好きなのだろうな、ということは横から見ていて分かっていた。


 未夜ちゃんってぽわっとした雰囲気に似合わず、けっこう嫉妬深い性格をしてるし、これまで私が勇にぃに過激なアプローチを取ろうとするたびに大げさな反応を示していたから。


 だけど未夜ちゃん自身は自分がそういうことをするのは苦手なようで、勇にぃにアタックをするとか、誘惑するとか、直接的な行動を取ることはなかった。


 まぁ、本人が意識せずに天然を発揮する場面は何度もあったけど……


 そう、天然。


 私がこれまで警戒し続けてきた未夜ちゃんの天然ならば、眞昼ちゃんの快進撃を止めることもできるかもしれない。


 勇にぃを巡る三角関係。私と眞昼ちゃんだけの戦いだと一人だけ神奈川にいる私が圧倒的に不利だ。


 しかし、そこに未夜ちゃんが加わったとなれば状況は大きく変わるはず。ライバルが増えることはたしかにリスクとなる。しかも、天然が強力な未夜ちゃんをこの戦いに参戦させることは非常に危険な賭けだ。


 でも、そこに目をつむってでも今は眞昼ちゃんを抑え込まなくてはいけない。


 もしかすると、未夜ちゃんは私がこうやって無理やり引きずり込まなければ、勇にぃを巡る戦いに気づきもしなかったかもしれない。


 未夜ちゃんがどう動くのか、それはまだ分からないが、少なくとも眞昼ちゃんの独壇場ではなくなるはず。


 未夜ちゃんの目を気にして眞昼ちゃんの動きが小さくなれば好都合だが、未夜ちゃんがこれから勇にぃにアプローチをかけることも考えられる。そうなれば眞昼ちゃんもその対応に追われるだろうから、結果的勇にぃへのアタックの頻度が少なくなるかもしれない。


 そうして二人が拮抗している間に、私は新たな策を考えるのだ。


「朝華、それほんと!?」


「うん。未夜ちゃんは知らなかったんだ」


「うん、全然……」


 未夜ちゃんの表情には驚きと困惑、そしてほんの少しの嫉妬が混じっているように見えた。私は確信する。やはり未夜ちゃんも勇にぃのことが好きなのだ。


 さて、念押しをしておこう。


「未夜ちゃん、だよ?」


「え? で、でも――」


「お前ら、何を話してるんだ?」


 勇にぃがこちらの方へやってきた。


「な、なんでもないよ」


 あたふたしながら未夜ちゃんがごまかす。


「そっか」


「う、うん」


 それにしても、なんて数奇な運命なのだろう。


 幼い頃、勇にぃにお世話になった私たち三人。


 姉妹のように仲良く遊んでいた私たちが、大人の女性になってから同じ人に恋をするなんて。


 勇にぃを三等分できたら争わないでいいんだけど、ケーキじゃないんだし死んじゃうよね。


 秋の日差しに煌めく湖面。


 紅葉で真っ赤に染まった山を見つめながら、私は息をついた。


 *


 こうして、箱根旅行は終わりを迎えた。

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