第171話 愛のトライアングル
1
〈ムーンナイトテラス〉に帰ってきた。
「おじさん、おばさん。これ、お土産です」
「あらぁ、悪いわねぇ」
「ありがとう」
朝華は神奈川の土産を父と母に手渡す。それから昼食のパスタを注文し、食べている最中に未夜がやってきた。
「あ、朝華もう来てたんだ。おじさーん、私も和風パスタとアイスコーヒー」
未夜は俺たちのテーブルに座ると、持参したバッグから勉強道具を取り出す。
「未夜ちゃん、もう勉強?」
「うん、今日は午前中未空たちと遊んじゃったから、午後はがっつり勉強するんだ」
話を聞くと、未空、龍姫、芽衣の三人が春山家に遊びに来たため、その相手をしたそうだ。子供たちの相手がいかに大変か、未夜は語る。
「ご飯食べてからにすれば?」
「ダメダメ、ちょっとの時間でも無駄にできないからね」
そう言って、初めに運ばれてきたアイスコーヒーを一口飲み、キメ顔を作る未夜。
「……それは普段から時間を有効に使えてる人のセリフだと思うよ?」
「う、うるさい」
それから延々と子供の相手をする過酷さを語っていた未夜だが、いざシャーペンを握った瞬間に注文した大根おろしの和風パスタが運ばれてきた。
「――うわぁ、美味しそう」
結局、料理の待ち時間で勉強は一切しなかったわけである。
食事を終え、俺たちは二階に上がる。
未夜は俺の部屋で勉強をするというので、俺たちは邪魔にならないようリビングに落ち着いた。
「勇にぃ、どこか遊びに行きたいです」
朝華は言う。
「遊びにって」
正直、今は遊びに行くような気分ではなかった。眞昼のことが心配でたまらないし、ついさっき気づいてしまった俺と朝華、そして眞昼の歪な三角関係について、どう解決すればいいのか頭がいっぱいだった。
「ねぇ勇にぃ」
朝華はテーブルの下で俺の手を握る。
すると、
「遊びに行くなら私も行きたい!」
戸口に未夜の姿があった。朝華はこっそり手を離す。
「未夜ちゃん、勉強は?」
朝華が子供を注意する母親のようにたしなめるも、未夜は呑気な声で、
「平日にやってるから大丈夫、大丈夫」
「ま、たしかにいつも俺の部屋で遅くまで勉強してるからなぁ」
おそらく、朝華とせっかく会えたのだから少しの時間でも一緒にいたいのだろう。普段は真面目に勉強に取り組んでいるし、土日ぐらいは多めに見てもいいだろう。
「……ふーん」
結局、出かける流れになってしまった。
「で、どこに行く?」
未夜は俺たちに尋ねる。
「私はどこでもいいですよ」
「カラオケ! 最近行ってないんだよね」
未夜が手を挙げて提案する。
「じゃあカラオケでいいか」
「私はいいですよ」
そうして俺たちは近場のカラオケ店に向かった。この店はかつてシ〇ックスだったが、俺が富士宮に帰って来た頃には、カラ〇ケ館になっていた。
「懐かしいですね、昔よく四人で来ましたよね」
青い看板を見上げながら、朝華は遠い目をする。
「初めて来たときはお前ら二人が迷子になってたな」
「そうだっけ? 朝華と眞昼じゃない?」
受付を済ませ、ドリンクバーで飲み物を用意してから部屋に向かう。
「私、先にトイレ行ってくる」
「じゃあ持ってくね」
未夜のドリンクを朝華が受け取り、俺たちは二人で部屋に入った。
俺がソファーの真ん中に座ると、朝華はわざわざ俺の方を向きながら膝の上を通って隣に座った。目の前を大きな胸が横切る。
「お、おい。テーブルを迂回すればいいだろうが」
「だって、遠回りなんですもん」
「だからって」
「勇にぃ、やっぱり今日は元気がないですね」
俺の横に座り、朝華は顔を覗き込む。薄暗い室内で、彼女の瞳が異様な輝きを放っているように感じた。全てを見透かされてしまいそうなまなざしが、俺を捉える。
「そんなことないぞ」
「そうですか? 元気がないのに落ち着きもないですから」
「え?」
「視線があっちこっちをふらついてたり、そわそわしてたり」
「だ、大丈夫だよ」
「本当ですか? 悩みがあるなら、聞きますよ。私は勇にぃの味方です」
そう言って、朝華はまた俺の手を優しく握る。
「何か、ありましたか?」
心にぬるりと入ってきて、ゆっくりと絡めとられるような、甘い声。
待てよ?
こいつ、本当は全部知っているのではないか。気づいた上で、かまをかけているのではないか。
いやいや、それはさすがにない。俺は昨晩のことは誰にも言っていないのだ。
そう訝しんでしまうのは、きっと俺に後ろめたい気持ちがあるからだ。
二人の少女から想いを寄せられ、そのことをそれぞれに隠してしまっている上に、明確な答えを出せていない。
「ただいまー」
未夜が戻ってきた。朝華はすっと体を離す。
「さーて、歌うぞ」
未夜も俺の隣に座り、俺は彼女たちに挟まれる形になった。デン○クを操作しながら、未夜は選曲を始めた。
2
それからしばらく未夜と朝華は交互に歌い、時折俺も二人にせがまれて歌った。しかし、気分は紛れない。
「私、ちょっとお手洗いに」
朝華が席を立つ。さすがに反対側に未夜がいるので、俺の前を無理やり通ることはせず、今回はテーブルを迂回して部屋を出ていった。
「〜♪」
楽しそうにアニソンを歌う未夜。その姿を見て、俺は考える。
「……」
相談するなら未夜、か?
未夜ならば、この歪な三角関係の外側にいるし、俺たち三人の中の誰とも仲がよく、親身になってくれることだろう。眞昼と朝華の間を取り持ってくれるかもしれない。
そこまで考えて、俺はブンブンと首を振る。
ダメだダメだ。
未夜に二人にケアを任せることは解決にはならないし、今の未夜は受験を控えて毎日頑張って勉強をしている。余計な心労や負担はかけたくない。
やはり俺一人で答えを出すしかないのか。
しかし、朝華と眞昼。どちらか一人しか選べない。どちらか一人は、悲しませてしまう。
俺は正直、どちらにも恋愛感情を抱いているつもりはないが、女として意識をしているといえばしている。湘南の別荘で朝華に夜這いをかけられた時、俺は不覚にも欲情してしまった。俺はあいつを女として見てしまったのだ。
あれがきっかけで、クソガキたちはもう俺の知っているクソガキではなく、女性としての魅力に溢れている美少女だと、はっきり意識してしまったのである。
肉体的にも精神的にも、思い出の中の少女は立派な女性に成長したのだ。
だが、小さい頃から知っている、十歳以上も年の離れた相手に恋愛感情を抱くことは、普通の感性ではない。
「戻りました」
朝華が帰ってくる。
眞昼も夜になれば合流するだろう。今日は四人で食事に行く予定を立てていた。彼女にどんな答えを出すべきか……
3
「じゃあ、今日はこれで解散」
「ありがとうございました!」
体育館に部員たちの声が響く。
時刻は午後五時。
部員たちがぞろぞろ部室に向かうのを尻目に、あたしは顧問の先生に声をかけた。
「あの、すいません」
「どうした、龍石」
「ちょっと、お話が」
「どうした?」
「あの、スカウトのことで――」
*
午後五時半。
会計を済ませ、カラオケ店から出る。空は藍色で、夜の闇はすぐそこまで迫っていた。
暗い駐車場を歩いている途中で未夜が不意に立ち止まった。
「あれ?」
未夜はスマホを取り出し、その画面を見つめる。
「どうしたの? 未夜ちゃん」
すぐ後ろを歩いていた朝華は未夜の肩にぽんと両手を乗せた。
「眞昼、今日は遅くまで練習あるからご飯はパスだって」
「なぬ!?」
「練習じゃあしょうがないよね。眞昼ちゃん、春高を目指してるんだから」
「もう、せっかく朝華が帰ってきてるのにー」
眞昼は来れない?
「なぁ未夜、ちょっと眞昼に電話をかけてくれないか?」
「えー、なんで?」
「いいから、頼む」
「しょうがないなぁ」
スマホを耳に当て、未夜はぼんやりと空の星を見上げる。一分ほど待ったが、眞昼は出なかったようで残念そうにスマホを離した。
「出ない。まだ練習中なんだよ」
「そ、そうか」
昨夜の告白の後、逃げるように車から出ていった眞昼。その後、彼女は俺からの連絡には一切応じなかった。
そして今日の夕食の予定もキャンセルするなんて……
それらのことを合わせて考えると、もしや俺を避けているのではないか、と不安な気持ちが湧いてくる。
いや実際避けているのだろう。突然だったとはいえ、眞昼の告白になんの返事もできなかった俺に対して、怒っているのかもしれない。
「……はぁ」
俺は息をついた。
*
勇にぃ、やっぱり様子が変。
いったい何に悩んでいるんだろう。
眞昼ちゃんが来れないと分かった時、露骨に驚いた様子だったし、自分でかければいいのに未夜ちゃんにわざわざ電話をしてもらってたのもちょっと不自然な気がする。
眞昼ちゃん絡みで何かあったのかな?
……ふむ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます