第165話  変な気分

 1



 金曜日。


 日も傾き始め、学校帰りの学生や買い物帰りの主婦のお客さんが多くなる。きびきび働きながらも、俺は常に耳に意識を集中していた。


『続いて、県内の春高を目指す女子高生たちに密着しました』


 それを聞いた母は足を止め、壁にかけられたテレビの方を向く。


「あら、これじゃない?」


 俺もテレビに視線を移す。放送されているのは夕方のローカルワイド番組である。


『バレーに青春を捧げる少女たちを、私たちは直撃しました』


 妙齢の女性アナウンサーが笑顔でそう言うと、映像が切り替わり、見慣れた景色が画面いっぱいに広がった。


 雄大な富士山を背景に、浅間大社の赤い鳥居が映る。


『静岡県富士宮市。世界遺産の富士山のふもとに広がるこの街に、バレーに青春を捧げる少女たちが――』


 お客さんたちも「富士宮市」という言葉に反応したのか、テレビにくぎ付けになる。

 それから富士宮市の街並みが五秒ほど流れ、画面は北高の並木道、校舎、そして第二体育館の順に切り替わった。


 練習に励む女子バレー部の様子が流れる。その中に眞昼の姿を発見し、母は声を上げる。


「い、今っ、眞昼ちゃん映ったわよ。勇見た?」


「見たよ、テンション高すぎだろ」


 言いつつ、俺も自分の中でうずうずとした感情が沸き上がるのを感じる。変な気分だ。


 先日、北高の女子バレー部にテレビの取材があり、その特集が今日放送される、と眞昼から聞いた。


 全国でも強豪として知られる北高の女子バレー部。県内の高校生をローカルニュース番組が取材するのはよくあることだが、いざ自分の街の学校――俺の母校でもある――が放送されるとなると、なんだか落ち着かない気分になる。しかも、あの眞昼がテレビに映るかもしれないのだから、そわそわしてしまうのは当然のことだ。


「ちゃんと録画できてるかしら、ちょっとあなた見てきて」


「ああ」


 普段は寡黙でのんびりしている父だが、まるで忍者のような迅速な動きで二階に上がって戻ってきた。


「録れてたぞ」


「ああ、よかった」


 どのタイミングで特集が流れるか分からないため、番組を丸ごと録画しているのである。


 ハラハラドキドキしながらテレビを見守る俺たち。


 練習の様子を流しながら、ナレーターが北高の説明をする。


『北高女子バレー部は全国大会に何度も出場を果たす強豪校で、あの華山はなやま小春こはる選手の母校としても知られています。昨年は残念ながら力及ばず――』


「ああ、もう、もっと眞昼ちゃんを映しなさいよ」


 母はカメラワークに文句をつける。


「……無茶言うなよ」


「すいませーん、注文いいですかー?」


「あ、はーい」


 俺は注文を取りにテーブルへ急ぐ。父も母もテレビに夢中なのか、普段より手が動いていないので、俺がその分動く。


 やがて画面に眞昼が映し出され、「三年 龍石眞昼」というテロップが画面下に出た。


『部長の龍石眞昼さんに話を伺いました』


「あっ、眞昼ちゃんよ!」


「静かにしろよ、母さん」


 画面の中の眞昼は緊張しているのか、少し表情が硬く、強張っている。だが受け答えはしっかりできており、キャプテンとしての度量が窺えた。


『はい、あた――私たち三年生は最後の大会になるので、悔いの残らないようにしっかり練習をして、全員の力を合わせて春高に挑みたいと思います』


 インタビューを受ける眞昼の様子を見ていると、なんだか心臓をきゅっと握られているような心地になる。静岡中に放送されるのだから、噛んだりしないように、変なことも言わないように……って、生放送ではないのになんの心配をしているんだ俺は。


 その後、眞昼の練習の様子が挟み込まれ、スパイクを打ちこむシーンと共にナレーターが眞昼のことを紹介する。


『龍石さんは一年生の頃からレギュラーとして活躍、チームの要として頑張ってきました。さらに現在二つの実業団チームからスカウトされており、将来が楽しみで目が離せませんね』


 眞昼の出番が終わり、顧問の先生のインタビューに映る。どこかで見たことあるなぁ、と思っていたら、俺が北高に通っていた時もこの人が女子バレー部の顧問だったことを思い出した。ちょっと懐かしい。


 それ以降、眞昼にスポットが当たることはなく、コーナーは終了した。


『以上、特集でした。続いて、明日のお天気です。――』


 スタジオに切り替わり、アナウンサーがそう告げてお天気コーナーが始まったが、俺含むほとんどの人間はもうテレビから目を離していた。


「いやぁ、すごいわねぇ。まだドキドキしてるわ」


 それからしばらくの間、母は目を輝かせたまま仕事をしていた。


「母さんがドキドキしてどうすんだよ」


「だって、眞昼ちゃんにテレビの取材なんてすごいじゃない」


「そりゃそうだけど」


 あれは正確には眞昼一人への取材ではなくて、北高へのものなのだが、知り合いが出演している都合上、眞昼にばかり目がいってしまったらしい。俺もそうだが。


 その時、


「なぁ、さっきの子、可愛かったよな」

「ああ、キャプテンの子な」


 窓際のテーブル席に座っていた大学生風の若い二人組の男の会話が漏れ聞こえてきた。


「アイドルみたいだったよ」

「だな」


「……」


 それから二人はすぐに別の話題に移った。講義がなんたらと話しているのを見ると、やはり大学生のようだ。


 なんだろう、この感じ……


 彼らはただ、見ていた番組の感想を言っただけ。それなのに、俺の心にはなんだかもやもやとしたものが立ち込めていた。


 これはさっき、眞昼のインタビューの時も感じていた気持ちだ。眞昼のことを心配していた時、あの時は気づかなかったが、心配するのと同時にこの変な気持ちがうずまいていたのだ。


 これはいったい……?



 2



 女子バレー部の部室。


「おおおおお」

「おおおおお」

「おおおおお」


 練習を中断してテレビにかぶりついていた部員たちは、自分たちの特集が終わると、一斉にきゃあきゃあ騒ぎ始めた。


「やばっ、本当に流れちゃったよ」

「テレビに映っちゃったし」

「てか、眞昼先輩めっちゃ緊張してませんでした?」

「いつもより声高かったっすね」


「う、うるさい。カメラを向けられたら、誰だって緊張するだろ」


 それにしても、インタビューはけっこう長々と喋った気がするのに、放送されたのは少しだけだったな。それとも緊張してたから長く感じただけだったのかも。


「ほら、あんたたち、休憩は終わり、練習再開するよ」


「はーい」

「はーい」

「はーい」


 監督に促され、部員たちはぞろぞろと部室から出ていく。


「あ、雨」


 今日は朝から曇り空だったのだが、いつの間にか雨がぱらぱらと降り始めていた。まずいな、傘忘れちゃったよ。


 練習してる間に止んでくれたらいいんだけど。


 テレビに自分たちの雄姿が映ったからか、休憩後の練習ではみんなどこか浮足立っていた。


「ほら、みんな気を引き締めなよ」


 そう言うあたし自身も、変な力が入っているのを感じる。普段の動きができていない。テレビに自分のインタビューが流れたからか?


 いや、違う。


 今日は金曜日。


 明日になれば、また朝華が神奈川から帰ってくる。


 勇にぃに会いに、この街に……



 *



 午後八時前。練習が終わり、シャワーを浴びて着替える。


「はぁ、お腹空いた」


 雨はいよいよ本降りで、ざぁざぁと地面を叩く音が中にいても聞こえるほどだった。どうしようか。ママに迎えに来てもらおうかな。


 スマホを確認すると、勇にぃからラインが来ていた。例の特集を見たようで、その感想だった。自分で教えといてあれだけど、勇にぃに見られたと思うと気恥ずかしい。


 あたしの既読がついたのを確認したのか、すぐにまたメッセージがきた。


『今練習終わったのか?』


『うん』


『お疲れ』


『でも雨だからまだ帰れないや』


『どうした?』


『傘忘れた』


『じゃあ迎えに行ってやるよ』


『いいの?』


『体育館の前で待ってろ』


『うん』


 なんかこれじゃあ、迎えを催促したみたいで悪いなぁ、とメッセージのやり取りを終えてから気づいた。でも勇にぃに会えるのは嬉しい。


 部室の戸締りをしてから、あたしは外に出た。

 

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