第159話 クソガキは幸せ
1
「ああ、勇にぃがボール取っちゃう。眞昼、なんとかして」
「ダメだ、間に合わない」
「ふはははは、くらえ、ラン〇マスターだ」
ステージを縦横無尽に駆け回り、クソガキたちを撃墜していく。
「逃げろ」
「ああ、あぁー」
「ふふふ、俺の勝ちだな」
今日は源道寺家に遊びに来た。
暖房がよく効いたぽかぽかした部屋で、いつものようにテレビゲームを大画面で楽しむ。ひとしきり遊んだあと、お菓子を食べながら休憩する。
「朝華、いよいよ明後日、誕生日だな」
ベッドの上の眞昼が言った。
「うん」
朝華は嬉しそうにはにかみ、俺の背中に飛びつく。
「勇にぃ、プレゼントくださいね」
「分かってるって」
明後日、十二月八日は朝華の誕生日だ。家族みんなが集まって、湘南の別荘に行くのだという。だから俺たちは明日、プレゼントを渡すのだ。
しかし、なにを贈ろうか。未夜には髪留め、眞昼にはリストバンドを贈ったが、朝華はお嬢様だし、欲しいものはだいたい手に入るだろうからなぁ。
「誕生日の日は、お母さんもお仕事休んでくれるって言ってました」
「そういやぁ、朝華の母さんには会ったことねぇな」
父親の華吉には何度か会ったことがあるが、朝華の母親にはまだ会ったことがない。
聞いた話では、弁護士の仕事をしているそうで、仕事が忙しく、なかなか家に帰ることができないのだそうだ。
「写真がありますよ」
そう言って朝華は席を立つ。ややあって、大きなアルバムを何冊か抱えて戻ってきた。
床にアルバムを広げ、俺たちは囲むようにして覗き込む。
「これがお母さんです」
朝華が指さした写真には、妙齢の美女が写っていた。どこかの旅館かホテルで写したであろう浴衣姿だった。きりっとした顔立ちに芯の強そうな眼差し、綺麗な長い黒髪に卵のような白い肌。そしてとてつもなく大きく膨らんだ胸部。
「
「へぇ」
顔立ちには朝華と似たところがある。母娘なんだなぁ。朝華も成長したらこんなふうに育つのだろうか。
「ちょっと昔のやつみたいです」
朝華の言うように、これは昔に撮った写真のようだ。隣には華吉が立っているのだが、今よりもずいぶんと見た目が若いからだ。肌の血色もいいし、しわも今より少ない。写真の色褪せ具合からみるに、ちょっとというか結構昔のような気がするが。
「こっちはお姉ちゃんたちです」
「ほう」
十歳くらいの物静かそうな長い黒髪の少女と、幼稚園ぐらいのやんちゃそうなショートカットの少女。その後ろで源道寺愛華と華吉が笑っている。場所はどこかの庭……もしかしてこの家の庭だろうか。
「そっか、勇にぃはおばさんに会ったことないのか」
眞昼が言う。
「まあな」
「すごい美人だぞ」
「お母さん、あんまり家に帰れないんです……」
朝華は少し寂しそうな顔を見せる。
「でも誕生日にはいるんでしょ?」
未夜が励ますように横から言った。
「うん」
そして俺たちは再びアルバムに目を落とす。
こういうよその家のアルバムはその家の歴史を覗き見るようで背徳感があって楽しい。
若かりし頃の華吉は今よりもふさふさで時の流れの残酷さを物語っているようだった。
「朝華の写真は?」
未夜がわくわくした声で言った。
「私のはこっち」
朝華は別のアルバムを開く。
これは朝華専用のアルバムのようで、ほぼすべての写真が朝華オンリーという豪華仕様だった。
ゆりかごの中ですやすやと眠る赤ん坊の頃の朝華。
今よりも短い髪の一歳くらいの朝華。
眼鏡は幼稚園ごろにかけ始めたようだ。
幼稚園の制服を着た、今より頭一つ分ほど小さい朝華などなど。
「可愛いな」
「えへへ」
未夜はサンタの仮装をした朝華の写真を見て、
「懐かしい、これリズム発表会のやつじゃん」
「未夜、この時振り付け間違えてたな」
「眞昼、うるさい」
「眞昼ちゃんもセリフ間違えてなかった?」
「あ、あれはわざとそうしたんだ。そっちのがカッコいいと思って」
「……絶対嘘だ」
クソガキたちは懐かしトークを繰り広げる。ほんの一、二年前のことでも、幼い彼女たちにとっては懐かしむべき思い出なのだろう。
「すごいな、朝華の写真ばっかりだ。朝華スペシャルだな」
眞昼が羨ましそうに言うと、朝華は少ししゅんとして、
「うん。ほかのみんなは忙しいから……」
その一言で、俺はあることに気づいた。
朝華のアルバムの写真はそのほとんどが、被写体が朝華一人だけだったのだ。
ほかの姉妹のアルバムの写真には、華吉か愛華、もしくはその両方が一緒に写っているものが大半を占めていたが、朝華の写真はそうではなかった。
朝華は姉たちとは年が離れており、想像するに両親とも年を重ねてからの子供なのだろう。ゆえに、両親とも仕事が忙しい時期と子育ての時期が被ってしまい、家族揃って写真を撮ることが難しいのだろう。
年の離れた姉たちも、今ではもう社会人だというし、家族揃っての日常を共に過ごす時間もないのではないか。
兄弟姉妹で末っ子の写真がほかよりも少なくなったり、一緒に写る人間が少なくなったりするのはまあ、よくあることだ。
「……ふむ」
「どうしました? 勇にぃ?」
朝華が不思議そうな顔で俺を見る。
「ん、なんでもないぞ」
「そろそろゲームしようぜ」
眞昼が言う。
「そうだな」
休憩を終えた俺たちはゲームを再開した。
「おりゃ、おりゃ」
「あっ、また勇にぃのとこにボールが」
「大人げないぞ」
「ふはははは、波導の力をみよ」
*
その帰り、クソガキどもをそれぞれ家に送り届けた後、俺はイ〇ンの雑貨ショップに寄った。
買い物ラッシュの時間にぶち当たったため、店内はかなり混み合っている。が、雑貨ショップの方はそれほどでもなかった。
あるものを探し求めてショップ内を回る。
「おっ、これなんかいいな」
十分ほど見て回り、お目当てのものを発見した。
値段もお手頃だし、見た目も可愛らしい。朝華の部屋にも合いそうだ。
それを購入し、プレゼント用のラッピングをしてもらってから家に帰った。それから父の部屋であるものを調達する。
「父さん、ちょっとこれ貸してくれよ」
店の方に下り、父に声をかける。ちょうど注文のパスタを作っているところだった。
「いいが、なんに使うんだ?」
「ちょっとクソガキどもにな」
「使い方は分かるか?」
「おう」
2
翌日。十二月七日。
天気は晴れ。澄んだ冬の青空に、富士山がくっきり見えるいい絶好の日だ。
「お邪魔するぜ」
「お邪魔しまーす」
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい」
俺たちは源道寺家に遊びに来た。
「はい、朝華」
「誕生日プレゼントだ」
未夜と眞昼が一日早い誕生日プレゼントを渡す。
「ありがとう」
朝華は幸せいっぱいといった笑顔を見せ、期待に満ちたまなざしを俺の方に向ける。
「俺からは……ちょっと外に出るか」
「?」
「?」
「?」
そして俺たちはテラスに出た。
「勇にぃ、なんですか?」
きょとんとする朝華をテラスの端に立たせる。
「写真撮るの?」と未夜。
「ああ」
俺は父から借りたカメラと三脚を組み立てる。
「その荷物はカメラだったのか」
「朝華、俺からはこれだ」
俺は長方形の小包を手渡す。
「なんでしょう、あっ」
朝華は小包を開封していく。
「写真立てか?」
眞昼が横から覗き込む。
木でできた写真立てで、ハートや星が外枠に飾り付けられた可愛らしいものだ。
「わぁ、可愛い」
朝華は顔をほころばせる。
「朝華の写真は一人の写真ばっかりだったからな。みんなで写真を撮って、そこに入れようぜ」
「……はい!」
「みんなで撮るの?」
「勇にぃもいいセンスしてるな」
「ほら、未夜と眞昼も横に並べ」
「あの、勇にぃも一緒に……」
朝華が懇願するような目を向ける。
「分かってるって。タイマーで撮るから安心しろ」
富士山とそのふもとに広がる富士宮の街並みを背景に、俺たちはテラスの端に並ぶ。
やがて、乾いた空にパシャリと音が響いた。
3
「えへへ」
枕もとに置かれた写真立ての中で笑顔を見せる四人。
自分のアルバムは、自分ばかりが写る写真だけ。そのことは朝華自身も薄々気づいており、コンプレックスとまではいわないまでも、少し気になっていた。
しかし、これからは違う。
「みんな、おやすみなさい」
幸せな日常の一ページに見守られながら、朝華は眠りについた。
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