第158話  お助け友人キャラM

 1



「応援してくれるよね、眞昼ちゃん?」


 そう言って、朝華は気恥ずかしそうに顔を赤らめた。いじらしく手を組み替え、斜め下に視線をやる。


 応援?


 なにを?


 胸の奥でぐるぐるとなにかが渦巻く。


 朝華と勇にぃの仲が上手くいくように、あたしが応援……?


 ぐるぐるはやがてどろどろとしたものに変わり、あたしの全身に広がっていく。倦怠感にも似た、不快な感覚が体を重くした。


 あたしは想像してみる。


 朝華と勇にぃ、二人が恋仲になって、付き合って、結婚して。


 その過程で、朝華の恋愛相談を聞いて、アドバイスをして、二人が結ばれていくのを横でずっと見続けるあたしの姿を……


 そんなの、冗談じゃない。


 言え。


 言うんだ。


 あたしも勇にぃのことが好きだって。


 でももしそうなったら、朝華伝いに勇にぃにあたしの想いがバレてしまう。本気で告白をした朝華と違って、あたしは想いを伝えてすらいないのだ。


 あたしは、今の状況のに甘えていた。ようやく勇にぃが東京から帰ってきて、未夜としょうもないゲームをして、夏休みになって朝華も揃って、この四人で、またずっと楽しく過ごせると思っていた。


 でも、ずっと同じままなんてありえないんだ。十年前に勇にぃが東京に行ってしまったように、変わらないものなんてこの世には存在しない。


 言え、言うんだ。


「ははっ、あぁ……やっぱり、そうなんだ」


「眞昼ちゃんには分かっちゃうんだね。やっぱり、小さい頃からずっと一緒だったからかな」


 言え。


「まさか、勇にぃなんて……」


「神奈川と静岡だから、けっこう距離があるけど、休みの日はできる限りこっちに帰ってくるつもり。だから、眞昼ちゃんも協力してほしいな」


 そう言って、朝華は微笑む。


 変な汗が出て、体中が寒い。それなのに、燃えるように熱い感覚が、全身を駆け巡っている。


 まともに朝華の顔を見ることができない。


 でも、そんなのを態度に出したら、動揺してると思われるかも。


 ……言うんだ。


 いい加減、勇気を出せ。


 このまま朝華に勇にぃを取られてもいいのか?


 十年前の突然の別れのように、取り返しのつかないことになってから後悔したって、もう遅いんだから。


「……」


 あたしはできる限り平静を装い、声を絞り出した。
































「頑張ってね……あはは」



 *



「うわわああああ」


「あははは、おねぇ、おもしろ!」


 屋内に戻ると、未夜が犬たちに押し倒され、体中を舐められまくっていた。


「なにやってんだ未夜」


「眞昼、助けてー」


「はいはい。風呂で洗ってきな」


 未夜を起こす。


「うぅー、ベトベトだよぉ」


「なんの話をしてたんだ?」


 勇にぃは赤い顔で尋ねる。ママがかなり飲ませたようだ。


「いや、ちょっとね」


 朝華の方を見やると、無言のウィンクが返ってきた。


「進路の相談っていうかな……あはは」


「そうか、進学にしろ就職にしろ、俺が言えることはただ一つ。我慢することと努力することは違うからな」


「なにそれ、哲学?」


「逃げるって選択肢は常に頭に入れておけってことだ。嫌なことや辛いことがあったら、それに立ち向かうことももちろん大事だが、努力でどうにもならないこともある。理不尽を受け入れることは努力じゃないぞ。時には逃げることも重要だ。じゃないと、ずるずるそれが続いちまうからな」


 いつになく真剣な口調だ。


「酔っ払いが言っても説得力ないよ」


「あんだとー」


「あははは」



 2



 翌日。


 今日も朝からバレー部の練習だ。シャワーを浴び、朝食をがっつり食べて家を出る。


「いってきまーす」


 歩きながら、昨日のことを思い出す。


 自分が情けなくてしょうがない。微塵も思っていない「応援」の気持ちを、自分の本当の気持ちを押し殺してまで口にするなんて、なんて情けない女なんだ。


 どうして一歩の勇気が踏み出せないのか。


 このままだと、本当に朝華と勇にぃが結ばれてしまうかもしれない。


 学校に向かう途中、〈ムーンナイトテラス〉の前を通ると、ちょうど朝華と勇にぃが連れ立って出てくるところだった。昨日はけっこう飲んでいたが、二日酔いになってなさそうなので安心する。


「おはよ」


「おう、眞昼」

「眞昼ちゃん、おはよう」


「どこか、行くの?」


「ああ、なんか朝華が動物園に行きたいとか言い出してな。今日は俺も休みだし、ちょっと日本平動物園まで行ってくる」


「あ、そう。そんな遠くまで……」


「本当はみんなと行きたいんだけど、未夜ちゃんは予備校だし、眞昼ちゃんは部活だもんね。残念」


 口ではそう言っているが、朝華はどこか嬉しそうだった。勇にぃも湘南であんなことがあった割には、朝華に対して無警戒な気がする。


 朝華は今日も露出多めの服装だ。


 肩出しの白いブラウスに黒いミニスカート。胸元には細いリボンタイが垂れ下がり、足元は黒いショートブーツを履いている。


「そうだ、眞昼。学校まで送ってやるぞ」


「いや、いいよ。歩いたほうが運動になるから……」


「そうか? じゃあ、車出してくる」


 勇にぃは道路を挟んだ向かいの駐車場に小走りで向かう。


「眞昼ちゃん」


 朝華はそっと顔を寄せて、





「ありがとう」





 そう囁いた。


「……」


 朝華にとって、今のは二人きりの邪魔をしないようにあたしが、という認識なのだろうか。


「いや、今のは別にそんなんじゃないから」


「ふふ、眞昼ちゃんも練習頑張ってね。お土産買ってくるから」


「ああ、うん。ありがと……」


 二人と別れ、学校に到着する。気を紛らわせるように練習に打ち込み、体を動かす。


 余計なことを考える暇なんてないくらいに、跳んで、ボールを打ち抜いて、飛び込んで、走って……


 でも、気を抜くと昨日のことが頭の隅にぽつんと浮かんで、それがどんどん大きく膨らんでしまう。


 あの場で、あたしも好きと言えていれば、少なくとも今のこの不安な気持ちはなかった。


 本当にこのままでいいのだろうか。このまま二人の仲が進展していくのを、ただただ応援するお助け友人キャラみたいな立ち位置になっていいの?


 今頃、二人は動物園で楽しく過ごしているに違いない。朝華のことだ、手を繋いだり、体を寄せるくらいのことはしているだろう。


 場所が場所だけに、あんまり大胆なことはできないはず。いやでも朝華なら……


「おい、龍石、ぼーっとしてんなよ」


 監督の叱咤が飛ぶ。


「あっ、はい。すんませーん」


「まっひー、大丈夫?」


 休憩中に香織が心配そうに尋ねる。


「大丈夫だって。ちょっと昨日の疲れが残ってるだけだよ」


 あたしはキャプテンなんだ。


 あたしの勝手な事情で、みんなの士気を下げてはいけない。


「よし、声出してくよー」


「はーい」

「はーい」

「はーい」


 しかし結局、その日は全然集中できなかった。





 

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