第155話  クソガキと昔の遊び

 1



「なんか暇だなー」


 ゲームのコントローラーを抱えながら眞昼はベッドに倒れ込む。


「ゲームも飽きたね」と朝華。


「外、寒そう」


 未夜は窓に寄って外を眺める。


「つったってよう、ほかにやることなんかねーだろ。このクソ寒いのに外行くのは俺嫌だからな」


「あたしも今日は寒すぎるから中で遊んでたい」


 十二月に入ってからというもの、バグのように寒い日ばかりが続いていた。クソガキたちが外で遊ぶよりも屋内で遊ぶことを優先するぐらいの寒さで、毎日俺の部屋に来てはゲームをして遊ぶか、アニメを見て過ごしていた。


「なんかやることないの?」


 未夜は部屋の中をうろうろする。


「暇なら宿題でも――」


「なんかやることないの?」


「聞けよ」


「なんか遊べるものないのか?」


 そう言って眞昼はクローゼットを開け、棚の中を漁り始めた。


「馬鹿、そんなとこにはなんにもねぇって」


 俺の言葉も聞かず、眞昼はクローゼットの奥まで入っていく。


「あっ、これなんだ?」


 やがてなにかを探し当てたのか、眞昼は顔を出した。


「眞昼ちゃん、それなに? おもちゃ?」


「分からん。勇にぃ、これなに?」


 眞昼の手に握られていたのは、円形の小さな玩具――ベ〇ブレードだ。


「お前、また懐かしいものを。そりゃベ〇ブレードだよ」


 ベ〇ブレード。それはタ〇ラトミーが販売していた独楽こま型の玩具で、ベーゴマにカスタマイズ性と競技性を追加した対戦型ホビーだ。


 その人気はすさまじく、販売当初は朝からおもちゃ屋に行列ができ、あっという間に売り切れてしまうほどだった。俺も父に連れられ、ベ〇ブレードを買うために朝早くから店に並んだ記憶がある。


「俺が子供の時に遊んでたおもちゃだよ」


「ふーん」

「ふーん」

「ふーん」


 眞昼が見つけたのはドラ〇ガーV2バルカン・ツー。強力なアッパー攻撃を繰り出すことが可能な、ドラ〇ガーシリーズの最高傑作と名高いべ〇だ。


「どうやって遊ぶの?」と未夜が眞昼の手元を覗き込む。


「待て待て。これ単体じゃ遊べないから、シューターとワインダーもないとな」


 俺はクローゼットの中からべ〇をしまっておいた箱を取り出す。


「これこれ」


 長方形のシューターにベ〇ブレードをセットし、ワインダーと呼ばれる細長い道具を差し込む。このワインダーを引くことでシューターの軸が回転し、セットされたベ〇ブレードを回転させるのだ。


 俺は試しに、カーペットの上にべ〇をシュートしてみる。


 ワインダーを引き抜く感触。


 高速回転をするべ〇。


 ああ、懐かしいぜ。


「おお、すげぇ」

「私にもやらせて」

「私もやりたいです」


「待て待て、これにはちゃんとした遊び方があるんだ」


 俺はスタジアムを引っ張り出す。


「ここにべ〇をシュートして、対戦するんだ。ほれ、好きなの選べ」


「私このドラゴンのやつ」

「あたしはさっきの虎がいい」

「この黄色いフリスビーみたいなのは強いんですか?」


「朝華、それだけはやめた方がいいぞ」


「はぁ」


 そうしてクソガキ共は思い思いのべ〇を選ぶ。


「回し方は教えたな。よし、行くぞ。3、2、1。ゴーシュート!」


 四つのべ〇がスタジアムを駆け回る。そしてべ〇同士がぶつかり合う小気味よい音が響いた。スタジアムを覗き込みながら、クソガキたちは真剣な表情を見せている。


「頑張れー」

「頑張れー」

「頑張れー」


 シュートした後はこうして見守るだけだが、それだけでもハラハラドキドキ楽しめるのがべ〇ブレードのいいところだ。


 やがて未夜のドラ〇ーンV2ビクトリー・ツーが全員のベ〇を吹っ飛ばした。


「わーい、私の勝ち」


「今度は違うやつ使うぞ」


「勇にぃ、どれが一番強いんですか?」


「ふふふ、お前ら、ベ〇ブレードの真の醍醐味はここからだぞ」


 俺はアタックリングを回し、べ〇を分解する。


「あっ、壊れた!」


 未夜が大声をあげる。


「違う違う。こうやってバラバラにして、別のパーツと交換して改造できるんだ」


「おぉ」

「おぉ」

「おぉ」


 クソガキたちはすっかり夢中になったようだ。



 2



「勇にぃ、このロボットはなんだ?」


 未夜と朝華がベ〇ブレードに熱中している横で、眞昼は再び昔のおもちゃを発掘していた。


「それはビー〇マンだな」


「ビー玉?」


「違う、いや、違わないか。ビー玉を使って遊ぶんだ」


 ベ〇ブレード、ビー〇マン、遊〇王カードはゆとり世代三種の神器といっても過言ではない。俺の子供時代は様々な子供向けホビーが生まれては消えていった、ホビー戦国時代だった。


 ベ〇ブレード等の大ブームを巻き起こしたホビーもあれば、歴史の陰に消えていった悲しいホビーもあったのだ。めんこ、ダーツ、ダイス、アフロ〇ンサーズ、ウズ〇ジン……エトセトラ。


 ビー〇マンとは、ビー玉を腹部にセットし、背中側から押し込むことで発射する玩具である。眞昼が見つけたのはバトルビー〇マンシリーズの初期製品コバ〇トソードだ。


「ほら、こうやって――」


 俺は実演してみせる。


 床に座り、壁に向けてビー玉を発射する。撃ち出されたビー玉はまっすぐ飛び、壁にぶつかって跳ね返る。


「おお。やらせてやらせて」


「ほれ」


 俺は眞昼に貸してやる。すると、眞昼はさっとこちらに向き直り、俺にビー〇マンを向けたではないか。


「くらえ、勇にぃ」


「馬鹿っ、ビー〇マンを人に向けて撃ってはいけません!」


 ビー〇マンを人に向けて撃ってはいけないという最低限のルールも守れないのか。ビー〇ーの風上にも置けないやつだ。全く、これだからクソガキは。


「うるさーい。くらえー!」


「うおおおおおお」


 眞昼は構わずに発射する。


「あれ?」


 が、発射されたビー玉はまっすぐ俺に命中――するわけがなく、重力に従って曲線を描きながらぽてんと床に落ちると、コロコロ転がって俺のつまさきにぶつかった。


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……なんだこれ、しょぼ」


「しょぼい言うな」


 仕方がないだろう。


 漫画やアニメみたいに十メートルもまっすぐ飛ぶような代物を子供の玩具として売り出せるわけがない。こうやって子供は理想と現実のギャップを学んでいくのだ。


 特にバトルビー〇マンシリーズは比較的パワーがなく、このコバ〇トソードはしめ撃ちもできないためこうなるのは仕方がない。


「なにが面白いの? それ」


 遠巻きに見ていた未夜が言う。


「勇にぃはこんなので遊んでたのか。かわいそうな子供時代だ」


 眞昼が哀れんだ目を向ける。


「馬鹿野郎。いいか、これは床とかテーブルの上とか、平らな場所で遊ぶもんだ。こうやってだな」


 俺は廊下に出て、突き当りにターゲットとして空きペットボトルを置く。狙いを定め、撃つ。ビー玉はフローリングの上を滑るように進み、ペットボトルに命中する……が、倒れない。


 やはりこいつではパワー不足だ。


 クソガキたちはというと、俺の雄姿も見ずに昔のおもちゃ漁りを再開していた。


「なにこのドリルがついた車みたいの」

「あっ、奥にすごいデカいピ〇チュウのぬいぐるみがあるぞ」

「勇にぃ、この鉛筆はなんで字が書いてるんですか?」


 俺にとっては懐かしのおもちゃだが、クソガキたちにとっては新鮮な初体験なのだろう。


 俺はクソガキどもに思い出のおもちゃの説明をしつつ、クローゼットの中からかつての相棒を探し出す。


「あったあった」


 濃紺のいかついボディに赤い角といった毒々しい見た目のビー〇マン、スティンガース〇ーピアス。


 スーパービー〇マンシリーズの機体ならパワーは申し分ない。


 試し打ちをしてみると、ペットボトルを簡単に倒すことができた。


「ほら、お前らもビー〇マンをやれ」


「それ面白くないし、しょぼいもん」


「こいつはさっきのとは一味違うぞ」


 両サイドの赤い部分を横から押し込むことで、中でビー玉を締め付け、強力なショット――しめ撃ちを放つことができる。


「ふっふっふ」


 いつの間にか、童心に帰っている俺がいた。


 昔はこの長い廊下で向かい合わせになって、友達とビー〇マンバトルをしたっけ。それで廊下の真ん中にある階段の方にビー玉が落ちて、しょっちゅう母に怒られていたな。


 ぐっと両指に力を込め、内部のビー玉を締め付ける。大人の力で放つパワーショットは果たしてどんな威力だろうか。


 トリガーを親指で押し込む。締め付けた分が抵抗力となってかなり硬いが、それだけパワーが出ているということだ。


「おりゃっ」


 バシュッとビー玉が勢いよく飛ぶ。


 狙いは完璧だ。


 ターゲットに向かって真っすぐ一直線。


 と思っていたら、その瞬間、軌道上に足が現れた。


「あっ」


 母が階段を上がってきていたのだ。


「危ない」という間もなく、俺の放ったパワーショットは母の左小指に命中し、鈍い音が鳴った。


「きゃああああああああああ」


 そして響き渡る母の悲鳴。


 勢いを失くし、よろよろと転がるビー玉。


 その場にしゃがみ込む母は、こちらを向いて鬼のような顔を見せる。


「勇くん?」


「あわわわわ」


 童心と共に、子供時代になにかをやらかした際のやっちまった感を思い出した俺だった。



 *



 その後、子供時代のように怒られた有月だったとさ。




 

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